「そういや今日は、勤労感謝の日だったわねー」 届けられた新聞を開いたナミが、日付を見て思い出したように言った。 何気なく言った言葉だったが、最近海軍や海賊との遭遇も無く、海も穏やかで、若干退屈気味だった船長さんは、好奇心を示し始めた。 「キンローカンシャ? キンローに感謝するのか? キンローって誰だ?」 「あのねぇ、勤労は人じゃないわよ。頑張って働いてる人に対して、感謝を示す日よ」 ナルホド、と頷くルフィ。 「海賊もキンローに入るのか?!」 「……入らないんじゃない?」 ちょっと考え、そう答えたナミに、近くで新作の火薬を開発しつつ聞いていたウソップも同意した。 「苦労はしてるけどさ。きちんと働いて、会社から給料もらうのとは違うもんなぁ」 「他の海賊からお金巻き上げるのが「勤労」なら、詐欺師も強盗も働き者になっちゃうわよねえ……」 一般人や良心的な海賊などからは金品は奪わないとはいえ、犯罪者集団な自覚はあるようである。 「じゃー折角の記念日なのに、誰も祝う事できねーのか?」 勤労感謝の日を、成人式の日や誕生日などとごっちゃにしてる感のあるルフィは、残念そうにしていたが、それから少し考えてこう言った。 「じゃあこの船限定で、キンロー感謝をしよう!」 「は?」 ルフィの言う事がよく判らず、ナミとウソップが問い返すと。 「この船で一番働いてるヤツに、感謝しまくる日にするんだ!」 それは随分狭い世界の勤労感謝だなと思いつつ、とりあえず船長命令(?)なので、ナミとウソップは顔を見合わせ考えた。 「…この船で一番働いてるのって誰だ?」 「船長本人と、あそこの万年寝太郎以外はそれなりに働いてるとは思うけど…一番はやっぱりサンジ君じゃない?」 万年寝太郎と評され、ナミに指差されたのは、甲板で大の字になって昼寝している、剣豪ロロノア君なのはお察しの通りであるが。 ナミに指摘された二人は、いざ戦闘となると、その働きは他の人間の追随を許さず、感嘆する程であるが、常時ははっきり言ってあまり役に立たない。 で、戦闘なぞ毎日あるわけも無いので、日常的には役立たずレッテルを貼られる事になる。 「そーだな…おれさまも結構船の修理したり、お前も海図書いたり、気候読んで進行方向決めたりと働いてるとは思うけど、サンジは毎日3食、全員のメシ作ってるもんなあ」 朝昼夜3食以外にもおやつや夜食、フル回転である。その上、人間とは思えぬ…いや、身体がゴムで一部からはもはや人間とは認められていない人物の、底無し胃袋の為に、尋常ではない量を用意せねばならない。 よく考えると何て働き者なんだろうと、今更ながらにウソップは感心してしまった。 その上、戦闘でも、ルフィやゾロ程ではないが、かなりの働きをする。しかし、ガラも悪く、容赦無くげしげしと敵を蹴り倒していくさまを思い出し、あれはある意味ストレス解消なのではという気すらしてきた。 (毎日大変だもんな…ストレスもきっと溜まってんだろーな……) そんな風に思ったウソップ、 「よし、サンジに決定だ。勤労感謝対象は。皆でサンジに感謝しまくろう!!」 胸を張り、そう言った。 そしてその後に、ルフィの「賛成!!」という言葉が唱和する。 サンジ君にとっては、ありがた迷惑かもしれないわ…というナミの独語は、二人には聞こえなかったようだが。 「てなわけでゾロ、お前もサンジにキンロー感謝しろ!」 「……はァ?」 ルフィの言う事が飲み込めず、寝起きのゾロは問い返す。 昼寝から目覚めた瞬間に、ルフィに全開の笑顔でそう言われたって、意味が理解出来る訳が無い。しかしルフィは構わず続ける。 「今日はサンジに感謝する日だ!!」 「……何だか嫌な日だなオイ……」 ゾロの寝ぼけ声のツッコミはルフィの耳には届かなかったらしい。ナミに向かって問いかける。 「キンロー感謝の日って具体的には何すんだ? 誕生日ならケーキだろ、正月ならお節だしー…何か用意しなくていいのか?」 記念日を全て食べ物に結び付けているらしいルフィに、ナミがやれやれと呆れつつも答えた。 「勤労感謝の日だからって食べる物はないわよ。具体的には…そうね、サンジ君が楽出来るよう、色々手伝ったりするんじゃない? 普通は」 「手伝いか! わかった!!」 そう答えた次の瞬間、「サンジー」と呼びながら、キッチンへと走って行くルフィ。 「…………………」 後の展開が手にとるように判り、残された皆は無言でキッチンのドアを見詰めていた。 がしゃーん!!という皿の割れる音が盛大に響き、蹴り飛ばされたらしいルフィがドアから飛び出て宙を舞う。 「やっぱり……」 予想通りの展開に、ゾロとナミとウソップは溜息をついた。 「───で、一体どういう事なんだ?」 声に怒りを含ませ、サンジが問う。 夕食の下準備でも始めるかと思い、キッチンで献立を考えていたところ、突然ルフィが入ってきて、「サンジー手伝うぞ!!」とのたまった。 それは別にいいのだが、バラティエでの惨状をまだまだ忘れていないサンジは、ルフィはマトモに手伝いが出来ない事も判っていた為、気持ちだけ受け取り丁重にお断りしたのだ。 「別にいらねーよクソゴム」と(………)。 しかし人の話も聞かず、彼は流しにあった皿を洗おうと、文字通り腕を伸ばして皿を手に取る。…が、取ると同時に割っていた。 何で手に取った瞬間割れるんだと唖然としていたサンジは、ルフィを制止するタイミングが遅れてしまい、そして一瞬後には、流しに積んであった他の皿も、それを取ろうとしたルフィの手から滑り落ち、全てが粉々になっていた。 そして前述のように、キッチンから蹴り出された訳である。 「サンジ君、ルフィは悪気があったわけじゃないのよ」 ここでナミのフォローが入り、ナミに心酔しているサンジの怒りが若干和らぐ。 「いや、悪気が無いのは判ってるんだけどね、ナミさんvv …でも何でいきなり手伝うなんて言い出したのやら…」 サンジの疑問に、ナミが今までの経緯を説明する。 頷きながら聞いてたサンジ、一応善意の「感謝」からの行動だという事を納得し、複雑ながらも少しありがたいような、擽ったい気持ちになったりする。 が、しかし。 確かに嬉しい気持ちはありつつも、ルフィに関しては、本気で手伝われるとやはり、被害の方が大きい。まさにありがた迷惑という感じで。だけど。 「今日は皆でサンジを手伝うって決めたんだ!!」 そんな風に目をキラキラさせながら、邪気もなく言われると、ムゲに断るのも悪い気もしてくる。そして何より、この船長さんは、一度言い出したらとことんやり通してしまう性格でもある。 しばらく無言で悩み、ルフィを納得させるべく、何か自分を手伝える事はないかとサンジは思案を巡らせた。 「別に手伝うのは料理に関してじゃなくていいからさ…、そだ、後片付けが終わったら肩でも揉んでくれよ」 「そんなんで「手伝い」になるのか?」 「なるなる、じゅーぶん」 皿や食料に被害の及ばない行為を適当に提案すると、「よし判った!」と、ルフィが答える。 「一生懸命揉むからな!!」 ………おれの肩、砕けるかも。 ルフィの決意の固さに、そんな恐怖が走ったが、とりあえず食材などの危機は回避出来たらしい。 「まあルフィはそれでいいとして、勤労感謝デーとしていろいろ手伝ってもらうのは確かに嬉しいかもな。…あ、勿論ナミさんのお手を煩わせたりはしませんが!」 そう言い、ウソップとゾロを振り返る。 「お前らも何かしてくれんの?」 その質問に、ウソップが胸を張って答える。 「おお、さっき決めたんだ! 料理は作れねーけど、簡単な手伝いくらいするぜ。なあゾロ!!」 「は!?」 突然自分にふられ、ゾロが泡食ったような声を上げた。 「ちょっと待て、おれは別に手伝うなんて……」 「船長命令だろ? まさかお前だけ何もしねーワケねェよなぁ?」 否定しかけたゾロに、にんまりとサンジが言い放った。その台詞に、ゾロはうっと詰り、それ以上反論出来なくなってしまった。 一応、ルフィが決めた事なのだ。どんなに馬鹿馬鹿しい提案でも。 いや、よく考えるとそんなに馬鹿馬鹿しくもない。サンジが毎日フル稼働で働いてるのは、いくらゾロにでも判ってはいたし。 別に負い目などはないが、確かに感謝くらいはしてもいいのだろうなとは思う。 「とりあえず、ありがたく今日は手を貸してもらう事にするわ。じゃ、ええと、ウソップはメシの後の片付けで、皿洗い手伝ってくれよ。で、ゾロは今から、料理アシスタントよろしくな」 ルフィと違って、ウソップには安心して皿も任せられる。 そしてゾロは───── ゾロに関しては、別の思惑も働いていた。今ここでは言わないけれど。 「おれ、そんなんやったコトねーよ…」 憮然と呟くゾロに、「大丈夫、別に難しい事させねーから」と、優しく言うが。 ちょっと不審の目を向けられてる気がする。 (……バレてるかな?) ある思惑の他にも、こんなに堂々と日の高いうちから二人きりになれる機会を得た事を、嬉しいという気持ちがある。 ヨコシマといえばヨコシマなその感情。 いいじゃねーか、そんくらい喜んだって。 一応コイビトなんだからさ。 皆にバレないよう、心の中だけでそっと呟く。 「じゃそろそろメシ作るから、ほらゾロ、よろしく」 そう言ってキッチンに向かうと、ぶつぶつ言いながらもちゃんとついてきた。 |