キッチンのドアを閉めると、まさにそこは二人きりの空間となった。

ゾロは所在無げにテーブルの横に立っている。
若干、完全にドアを閉じたサンジに警戒すらしているようだ。
「安心しろよ、神聖な調理タイムにヘンな事しねーから」
にっこりとゾロにそう言うと、「別にそんなコト考えてねーよ、エロコック」などと、ぶつぶつ呟いている。でもその頬に、少し赤みが差していたりして、ちょっとサンジの心にイケナイ気持ちも芽生えかけるが。
「料理も後片付けも全部終わって二人きりなら、遠慮なく襲うケドね。まあ今は夕メシが最優先だ。ほら、これつけて」
そう言い、ゾロに手渡した物は

「………これ着るのか?」

とても可愛いピンクのエプロンであった。ドスコイパンダブランドの。
サンジがたまにコレをつけて調理しているのは知っていたが、まさか自分がこんなもん着るハメになるとは思わなかったゾロは、憮然とそれを眺めていたが。
「服汚れるだろーし。ちゃんとつけとけ」
そう言われて、しぶしぶ身につける。
「似合う似合う♪」
「……斬るぞ」
サンジの口調が軽い為、揶揄われてると踏んだゾロはヘソを曲げかけてしまっているようだ。
ホントに似合ってんだけどなーとサンジは思ったが、これ以上機嫌を損ねられても困るので、もうその件には触れずに、冷蔵庫へと向かう。
「さて、何作るかな。今日はテメェが手伝ってくれるわけだし、お前好みの和食でいくか」
そう言って、冷蔵庫や野菜を入れ置いたボックスから種類かの食材を取り出す。
「これ洗っといて」
ざるに野菜を入れてゾロに渡すと、素直に流水で洗い始めた。見た目に似合わず、意外と細やかで丁寧に洗っていて、サンジはそれを楽しく思いながら眺めていた。
慣れない作業だからこそ、多少の不安感があって丁寧になってしまうのだろう。

きちんと洗い、一つ一つサンジに手渡すと、目にも止まらぬ速さで、皮を剥き、細かく切っていく。一瞬見惚れてる間に、あっというまに渡した分は切り終わってしまい、洗う作業の方が間に合わず、ゾロは慌てた。
「まー時間あるからゆっくりやれよ。焦んなくていいからさ」
余裕の笑顔でそう言う間にも、他の肉などの食材を切り、下ごしらえしている。
無駄な動きの無い、手馴れた行動。
やっとの思いで全部洗い終わった野菜も、サンジに手渡した瞬間に形を変えていく。
あまりの素早さと正確さは、まるで魔法でも見ているようだった。

そう言えば、サンジが料理している所を、こんなに近くでずっと見ているのなんて初めてだ。

そう思いながらその手元を眺めていると。
「惚れ直したろ♪」
食材を操る手は休めず、サンジがそんな事を言い出す。
「ばっ……」
馬鹿野郎、と否定しかけたが、きちんと言葉にならなかった。
「嘘うそ、怒るなよ。でもさ、おれ嬉しかったんだぜー」
「……何が」
「おれが一番誇り持ってやってるコトを、お前に見せる機会もらった事が」
てめェは乗り気じゃなかったみてーだけどさ、ルフィの訳わからん勤労感謝に感謝だなーなどと言う。
「例えばさ、テメェは剣振るう事に誇り持ってるだろ。誰にも負けないよう頑張ってるだろ。で、おれはそンなお前見てるの好きなワケよ。すっげーなぁって素直に思うぜそればっかりは。戦ってる時とかさ…」
沸騰した湯に、綺麗に切った野菜を放り込み、調味料を手早く入れる。
目隠ししても平気なのではと思うくらい、自然に行なわれる作業の数々。
「でもテメェはさ、おれにあんまり興味無いみたいっつーか。おれの事あんまり見てねーじゃんか。おれはおれで誇り持って、自信持ってやってる事があるし、別に「すげーな」なんて思われたい訳じゃねーけど、そういう所も見てもらえたらって思う気持ちもあるわけで」

他の人間だったら、別にそんな事思わない。勤労感謝なんて、今日は言われてしまったけれど、感謝なんてされなくてもいい。ただ、自分の料理を食べてウマイと思ってもらえたら、充分だと思う。
だけど、ゾロには全部見てほしいという気持ちがある。
全て知りたいとも思うし、全て知ってほしいとも。
ありのまま全部を。
だから、そんな思惑もあって、料理の手伝いの提案をした。

「手伝いも嬉しいけどさ、今傍にいてくれるのがもっと嬉しいよ」
そんな台詞と共に笑顔を向けられて、ゾロは戸惑い、何て返していいのか判らず固まってしまう。
我侭で好き勝手に自分に対して振舞うように見えていたのに、そんな、ある意味いじらしいとも取れる想いも抱えていたのかと、驚くばかりだ。
「……テメェが料理人である事に誇り持ってる事なんざ、前から知ってる」
それだけをぽつりと言って、そこから先は続けられず黙り込む。
確かに、こうして料理している所を見るのは初めてだ。だけど、皆で食卓を囲んでいる時にも、買出しの時などにも、そのプライドと一生懸命さは伝わってきている。
そう思うのに。
「ああ」
それだけを笑顔で答えて、またサンジはまな板に向かう。
「…見てるだけじゃ手伝いにならねーよ」
どうしていいのか判らず、サンジの背中に向かいそう言うと。
「はは、そうだな。じゃ鍋でもかき混ぜててくれよ」
と、おたまを渡された。


鍋をぐるぐるかき混ぜつつ、ゾロは思う。
感謝の気持ちにしても、相手に対する想いにしても、伝えるのは何て難しいのか。
言いたい事は沢山あるような気がするのに、言葉に出来ず結局無言で終わってしまう。
素直に言葉に出来るサンジが、羨ましいとすら思えてくる。

「…サンジ」
「あ?」
ぐるぐるぐるぐるかき混ぜながら、隣でリズムよく二品目の為の食材を切っているサンジへと声をかけるが。
「……………何でもねェ」

心で溜息をつく。
やっぱり駄目だ。伝えられない。でもそれが自分だし、しょうがない。
その代わり、もう少し視線を向ける事にしよう。コイツが楽しそうにこうやって料理しているさまや、調理品を皆がうまそうに食べてる様子を見ている、幸せそうな笑顔なども。
コイツの誇りだという、その瞬間を。

 



食事の用意も終わり、ゴーイングメリー号のキッチンで、皆が揃った。
食卓に並ぶ料理は、白米に具沢山な味噌汁、野菜の煮物、焼き魚、菜っ葉と海草のお浸しなど、和風のものばかり。肉大好きなルフィの為に、真ん中に置かれた鍋の中には、肉がたっぷり入ったすき焼きもある。だけど、全体的にはゾロの好みの物を取り揃えていた。
「いただきまーす!!」
船長の嬉しそうな号令と共に、食事が始まる。
「で、ゾロは何を手伝ったの?」
興味深げにナミが聞いてくる。
「野菜洗った」
「へえ、後は?」
「…汁物かき混ぜた」
「で?」
「……皿出した」
以上。これでおしまい。
「………それって手伝ったっていえるの?」
若干呆れたようにナミが言うが。
「うるせーな。いいんだよ。下手におれが味付けなんかに手出してみろ。サンジのメシに泥塗ることになるだろ」
さらっと言うその台詞。しかし、サンジが驚いたようにゾロに視線を向けた。
すごーくさりげなく、褒められてしまった気がする、それとも気のせいかとサンジは悩むが。
もくもくと食べているゾロの表情からは、その真意を読み取る事が出来なかった。

 

 

そんなこんなでドタバタと過ぎた勤労感謝の日。
ウソップの後片付けは完璧で満足し、しかしその後ルフィに肩を外されかけ、ゾロに関節を入れなおしてもらうなどの小事故なども発生しつつ、何とかサンジの一日は無事に終わった。
ゾロの心の中で、サンジへの視点に一抹の変化があった事を、知る事もないまま。



休止前のカウントリクで、テーマは「サンジのお手伝いしているゾロ」。
料理してるサンジはかっこええんだぞーきっとゾロも惚れるぞーと
いうのを書きたかったらしーんですが、だらだらと支離滅裂になってしまいました;;
もらってくれたタマちゃんには大感謝なのです><; 



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