「───で、どういうコトなんだ?」


怒気を声に含ませて問いかけるゾロに、サンジがまた同じ答えを返してくる。
「だから誤解だって…」
「誤解も何も、キスしてやがっただろーが!!」
そりゃもう、ばっちりと。
先程の光景が、まざまざと脳裏に蘇る。あれで言い訳できる物ならしてみろという心境だ。
「何だよ、嫉妬してんのかー?」
ゾロの剣幕に、少しびくついた様子ながらも、いつも通りの軽口を叩いてくる。
この瞬間、本気で斬り倒してやろーかと思ったゾロの殺気が伝わったのか、サンジが慌てて待て待てと宥める。
「えと、マジで変なつもりじゃなかったんだって…。移せば治るかなと思ってさ……」
「あ?」
言いにくそうに呟くサンジの言葉がよく聞き取れず、聞き返すと。
「風邪とかってさ、他人に移すとすぐ治ったりするじゃねーか。だから、ルフィからおれに菌移れば、すぐ治るかなーと思ったんだ」
今度ははっきりと、そう答えた。

つまり、邪まな思いからではなく、一応親切心からという事か。
だけど。
だからって……

「だからって何をあんな事…!」
「だって、さっきチョッパーが、粘膜感染だって言っただろ? キスなら移るかと思って…」
────阿呆か。
思わず、心の底からそう呟いてしまったゾロは、怒りも忘れて言った。
「一週間くらいで治るっつってただろ。テメェに移したってほとんど意味ねーだろが」
「一週間でも! あンなアイツ見てたくなかったんだよ。悪かったな、阿呆で!!」
拗ねたように、懐から煙草を取り出して火をつける。
「いっつもさァ、うまいうまいっておれのメシ食うんだぜ。そりゃ、アイツは何出てきたって、そうやって食うけどさ。やっぱすげー笑顔で美味そうに食ってくれるのって、コックからしたら嬉しいじゃねーか。……それが、今日みたいなの、初めて見て。…何つーか……」
ショックだったわけだ。
いつものように、食べてもらえなかった事が。…食べるのが、辛そうだった事が。
うまく言葉に出来ず黙り込んだサンジの様子を見て、ゾロはそう察する。
しかし。
「…やっぱ阿呆だ」
サンジに菌を移したからって、すぐ治るとは限らないのに。
呆れた声でそれだけ言うと、ゾロはその場に座り込んだ。マストへと背を預け、姿勢を崩す。
阿呆と言われたサンジは、むっとしたように「どーせ阿呆だよ悪かったな」と言い返してくるが
ゾロの怒りが収まったらしいのを察して、煙草を消し、吸殻を携帯していたポケットサイズの灰皿に捨てながら、ほてほてと近づいてきた。
ゾロが座り込んだ横に、自分も腰を下ろす。
そのまま、腹巻を纏った腰に手を回し、身体ごと引き寄せた。

「!」

思いもかけない突然の接触に、ゾロの身体が強張る。
「サンジ…! 離れろ、てめ……」
そう怒鳴りつけながら、抵抗しようとしたが。
「で、お前は嫉妬したわけ? さっき」
逃れようとしたところに、思いもかけず真剣な視線を向けられてそう言われ、間近にあるサンジのその視線に何故か怯んでしまい、抵抗は形にならなかった。
「…どっちが嫌だと思った?」
「どっちって……」
意味が判らず聞き返す。
「『おれがルフィにキスしてた』事が嫌だったのか、『ルフィがおれにキスされてた』のが嫌だったのかってコト」
「同じ意味じゃねーか」
「全然違う。ルフィに嫉妬したのか、おれにしたのかじゃ違うよ」
「嫉妬なんかしてねーよ…」
「怒ってたじゃねェか。なあ、ちゃんと言ってくれよ」
そう言って視線を外し、ゾロの肩に顔を埋める。
「てめェはさ、おれにいろいろさせてくれるけど、本当はルフィのこと好きだろ」
突然肩口でそんな事を言われて、ゾロは驚いた。
今、自分の肩に表情を隠しているのは、身体すら許した相手だというのに。
そりゃ、明確に言葉にした事なんか無い。だけど、いつだって強引なサンジは、自分に対してもっと強い自信を持っているかと思っていたのだ。
事実、何度耳元で「お前はおれのものだ」という言葉を聞いた事か。
そう言って、他人の身体を勝手に好き放題しやがるくせに。

それが、こんな風に思っていたなんて。

「いつだってルフィは特別じゃねえか。お前、ルフィの為なら何でもするだろ」
「………………」
サンジの言葉に反論出来ない。
それは確かにそうだ。言う通りだ。

でも──────

思わず、肩に埋められたサンジの後頭部へと、手を伸ばしていた。
一回はたくように掌を当ててから、僅かに撫でるようにして。
「…あいつはキャプテンだ。おれがそう認めたんだから、あいつの命令なら従うさ。『特別』なんて、当たり前だろう」
「………」
「でもそれは、お前も同じだろーが、サンジ」
テメェだって、結局はあいつの言う事なら何でも聞くだろうよ、と。
そう思う。この船の皆にとって、特別な存在なのだ、ルフィは。
自分だけが例外ではないと、ゾロは思う。
ナミにとっても、ウソップにとっても、チョッパーにとっても、ビビにとっても。
ルフィのせいで、運命が変わった。それは決して悪い方向にではなく、何より大切なものを得た気分で。
サンジにとっても、それは同じだろう。
肩に埋められた頭に、置いた指先から、金の髪がさらさらと零れている。

テメェだって。
ルフィが海に沈んだら、いつだって、誰よりもいち早く助けに飛び込むくせに。
あんなわけ判らん菌を、自分に移す事すら厭わなかったくせに。

「自分の事は棚に上げて、おれの事ばっか勘ぐってるんじゃねェよ。…第一なァ…」
そこで一旦言葉を切り、身体の力を抜く。身の重心をサンジに預けたような状態になると、少し顔を上げたサンジの頬に、自分の頬が触れた。
「ルフィに対する感情と、お前へのとじゃ全然種類が違う。お前だってそうじゃねーのか?」
違うのかよ、と、サンジに問いかける。
「…違わない」
見当違いの嫉妬をしていたのは自分の方だと、その態度と言葉にサンジは思い知らされた。
「そーだろ。だから、お前が、ルフィの事を欲しいとか、そういう感情でいたのかと、さっきのアレ見た時にそう思って、何だか…」
裏切られたような気がしたのだと、ゾロが言った。
それを聞いて、サンジが苦笑する。
(…そーいうのを嫉妬って言うんだと思うけどね……)
その台詞は、心の独白にして、言葉に出しては、こう言った。

「今、すっっっげぇおれ、テメェにキスとかしてぇ…」

身体はぴったりとくっついてるけれど。もっと触れたいと感じた。
そう耳に囁かれたゾロの方はというと、瞬時に真っ赤になり、だけど抵抗は無い。
いつもならば、逃す筈の無いシチュエーション。
だけど。
「あああでも、おれ多分にゃんこ菌保持者だからなー今!! クソ、こんな時に……」
キスしたり、出来たらすぐにでも押し倒してしまいたい。しかしそんな事をすれば、ゾロに感染してしまう。菌が消えるまで、大体一週間はお預けかと思うと、今更ながらに、ちょっと早まったかなーと思う。
これ以上くっついてると、暴走しそうな自分を感じて、ゾロから離れて立ち上がる。ゾロもつられたように立ち上がった。
「菌無くなったら、キスさせてくれなー」
そう言って、ひらひらと手を振り、その場を後にしようと、ゾロに背を向けた時。

「……サンジ」

呼ばれて、振り向いた瞬間。
「…!!」
ぐいっと肩を掴まれ、引き寄せられ、はたと気付くと唇が重なっていた。
ゾロからの接吻け。
「ゾ、ゾロ!!!???」
慌てて離れる。
「馬鹿、てめ……」
かなーり嬉しいどころか、天にも登る心地である。
自分からはべたべたキスもナニもするが、ゾロから積極的に仕掛けてくる事なんて、ほとんど無い。本来ならこれは、宇宙の果てまで舞い上がってしまうシーンだが……。
「移るだろーが!! にゃんこ菌がっ!!!」
今は舞い上がってる訳にもいかない。何せ、自分は多分保菌者なのだ。
慌てるサンジを尻目に、ゾロはからかうような表情を見せる。いつになく、子供っぽい表情に一瞬見とれてしまった程だ。
「船にたった一人のコックが、猫化するだけならともかく、体調崩されちゃ敵わねーからな。他人に移して治るなら、とりあえずおれに移しとけ」
まだ発症するかどうかも判んねーけどな、と笑う。
「ゾロー……」
しばらく困ったようにわたわたしていたサンジは、そこで漸く開き直った。
「てめ、マジで猫化しても、おれを恨むなよ」
そう言って
「うわっ!!」
向き直ったサンジが、ゾロを壁へと押し付けてもう一度唇を重ねた。
「………ふ…」
若干躊躇うように、それでも舌を絡めてきたサンジの接吻けに翻弄されて、鼻から抜けるような小さな声が零れる。それに誘われて、深く唇を貪りながら、服の上からゾロの身体を弄った。
「…おい、……ンな、所で……」
僅かに離れた唇から、抵抗を示す言葉が漏れるが。行動は伴ってはいない。
上気した頬と僅かに潤んだように映る瞳は、サンジには誘っているようにすら見える。
「…倉庫行こうか?」
この船の中で、あまり人の来ないだろう場所。少なくとも、ウソップはともかく、女の子達が来る確率は極めて低い。それでもまだ日が高く上っているこの時間、誰かに気付かれる危険性は高いのだが。
ゾロはそのサンジの提案に、僅かに迷っていたようだったが、結局頷いた。
「よし、決まり!」とばかりに、ゾロを促して倉庫へと向かう。そのサンジの後について、素直にゾロはついてきていたが。

「………サンジ、おい、その頭……」

足を止め、ゾロが思わずといった風情で呼びかけた。
(…頭?)
その言葉に、反射的に自分の頭へと手を伸ばす。

「・・・あー!!!」

伸ばした指先に触れた違和感。これは……耳だ。
ふにゃふにゃした毛の感触。今日、ルフィの頭に同じ物を見た。
いわゆる、猫耳。
「はー、突然生えるんだなー。驚いた」
という台詞に反して、大して驚いてもいないような口調でゾロがしみじみ言う。
「やっぱ移ったかー…。ああこれでしばらくおれ、にゃんこだよ…;」
心なしか、具合も悪くなってきた気がする。だがしかし。
「…やっぱ、安静にしてた方がいいんじゃねーのか?」
珍しく自分に気を遣ってるのか、ゾロがそんな事を言い出すが。
冗談じゃありません、ここまで来て。この心の(ついでに下半身の)高まりをどーしてくれるのか。
そう主張し、サンジはゾロを倉庫へと連れ込んだ。
「もうここまで来たら、船長に倣っておれたちも猫になろーぜ!」
それは半ば、ヤケクソではあったけれど。
おそらくもうゾロも感染しているだろうし、ゾロの体調が崩れる前に、その身体を頂いちゃいたい一身で、サンジは倉庫の鍵をかけ、目の前の身体を組み敷いた。



ちなみに、ルフィは寝て起きたら、猫耳&しっぽも消え、すっかり元気を取り戻していた。
一週間どころか、半日で治ってしまったわけだ。サンジに移したのが効いたのか、それとも元々の体力がやはり尋常でないのか。おそらく、その両方だろう。
「肉ー!!!」
船内に、元気な船長の声が響く。
案の定、完璧猫化してしまったサンジは、体調の悪さからよろよろとしながらも、船長の要求に対して、なんだか幸せそうにキッチンに立っていたという。
 



休止前のカウントリクで、瑛里さまへ捧げたアホ話です;
ここで話としては終わりは終わりですが、えろのみな
続きもあるんで、興味ある方はどうぞー。


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