ある日、我らが麦わら海賊団のキャプテン、モンキー・D・ルフィ君が、猫になっていた。


「…どーゆー冗談よ、ソレ?」
ナミが、ゴーイングメリー号の甲板に仁王立ちしたまま、溜息をついた。
その視線の先には、一匹の猫がいる。いや、正確に言えば、姿形はルフィなのであるが、頭には猫の持つ三角形の耳が二つ、お尻にはふさふさした長いしっぽが一本、ちょこんと生えているのだ。
ちなみに、それ以外は人間の姿のままなので、人間の耳がいつも通り二つ、猫耳が更に二つで、計四つの耳という、違和感ありまくりの姿だ。さぞかし音がよく拾えそうである。いやそんな事は、猫化してる時点で違和感云々の問題ではないので、どうでもいいかもしれないが。
「知らねーよ、朝起きたらこうなってたんだ」
一部猫化したとはいえ、いつも通り暢気に喋るルフィに、仲間達はとりあえず安堵するが。
一体何がどうしてこんな事になったのか、それは皆に共通した疑問だった。
つけ耳、つけ尻尾などではない、本物中の本物だ。試しにウソップが引っ張ってみたら、「いてて」と顔を顰めるし。耳を触ると「擽ってえ!」と笑い出す。
そこで、チョッパーが思いついたように、質問を投げかけた。
「ルフィ、昨日降りた島で、変なもの食べなかったか?」
その問いかけに、猫化した船長さんは首を傾げて答える。
「いろいろ食ったからなー。忘れた!」
いっぱい食ったしなーと笑うルフィに対し、まあそんなことだろうと思ったけどね、と、皆口に出さずに考える。
彼の見境無い食欲に関しては、どんなフードファイトに出ても大丈夫だろうとのお墨付きだ。
「何よ、チョッパー。これって食べ物が原因なの?」
「うん、てゆか、食べ物に付いてた菌が原因じゃないかと思うんだ…」

数日前、ゴーイングメリー号の船底の一部に、若干老朽化した部分が見つかった。
すぐに故障するという程の傷みではなかったが、船員(主にナミとウソップ)の相談の結果、とりあえず一旦近くの陸に上がって補修する事になった。
そこで、一番近くに位置していた島へと上がったのだが、そこはほとんど人の住まない未開の土地で、普通に店で食料を購入する事は出来なかった。その代わり、食べられそうな植物がわんさと生えていたのだ。
ウソップがメインとなり補修作業をしている間に、ルフィは「冒険するぞー」と、島へ飛び出して行ってしまったのだが、その先で、目に付いた果物やら野草やらを色々と口に放り込んだらしい。

「ちゃんと血液検査等しないと判らないけど、これ多分にゃんこ菌に感染してるんだと思う」
「何じゃそりゃ?」
その場の皆が、疑問符を飛ばす。誰も聞いた事のない菌名だった。
「…何か、間抜けな名前の菌だな…」
船べりに寄りかかり、胡座をかいて座り込んでいたゾロが思わず呟くと。
「でもすっごく珍しい感染症なんだよ。その名の通り、この菌に感染すると、耳やしっぽがついたりして、外見が猫化しちゃうんだ。あまり詳しくは判らないけど、あと風邪みたいな症状も出るんだったかな…。でも、確か一週間くらいで治るはずだから大丈夫だよ」
「菌って言ったわよね? それってもしかして、近くにいる私たちもヤバイ?」
ナミの疑問に、チョッパーが答える。
「ううん、にゃんこ菌は空気感染はしないよ。そんな強い菌じゃないんだ。人間から人間にも感染するけど、粘膜感染だから。普通にしてる分には平気」
それを聞いて、密かに皆は安堵していた。あまり大きな害はないようだが、そんなコスプレじみた外見になるのは、できる事なら遠慮したいし。
「ナミさんやビビちゃんが、猫耳ちゃんになるのは可愛いと思うけどさ…男はな……」
ルフィを見ながらサンジは、自分やゾロやウソップに猫耳&しっぽが付いてるさまを想像してみた。

…………………可愛いと一応言えるかもしれない。
だがしかし、微妙に気色悪いよーな………………。

リアルに想像したら、何だか哀しくなってきたサンジは、とりあえずいつも通り、皆の朝御飯を作るために、キッチンへと向かった。



夜の内に下ごしらえしておいた為、すぐに食卓には、朝としては豪勢な食事が並んだ。
船上に、食欲をそそるいい匂いが充満する。そこへ、完璧に食卓の準備を整えたサンジが、甲板にいる皆を呼んだ。
「ほら、ヤロー共、エサ出来たぞ! さっさと食え!! ナミさん、ビビちゃん、こちらへvv冷めないうちにどうぞ♪」
それはいつも通りの朝の風景だった。しかし。
「…ルフィ?」
食卓の椅子についたものの、何だか静かなルフィに、サンジが「どうした」と問いかける。
いつもならば、うおーと雄叫び上げながら、目の前の食事にがっつくルフィが、妙におとなしい。ルフィの目前には、朝御飯には似合わないが、彼の大好物の大きな肉のソテーが、でんと置かれているというのに。
心なしか、頭の猫耳まで元気無く寝ている気がする。
サンジがそれに気付き、もしかしてにゃんこ菌とやらの影響かと、ルフィに食欲の有無を尋ねようとしたのと同時に、ルフィが肉を一切れ、口に入れた。

「…………!! げほっ…!」
「ルフィ!?」

途端咳込み、肉を吐き出してしまう。
異変に驚き、皆がルフィの周りに集まる。ナミが咳込む背を摩りながら、水を飲ませた。
「わりぃ、サンジ」
咳が漸く止まったルフィが、苦しさからだろう、若干涙ぐんだ瞳をサンジに向けて言った。
「何か、ちゃんと食べれねェ…」
「いいから、無理すんな」
普段なら、食事を残すとか吐き出すなんぞしたら、容赦無い蹴りをかますサンジであるが、今のルフィの様子は、食べたいのに食べられないといった、とても悔しそうな風情で、そんな事はさすがに出来なかった。逆に、気遣う言葉すらかける。
「これも、何とか菌とやらの影響なのか? チョッパー?」
ルフィの様子を伺いながら、ゾロが尋ねる。
「多分…外見の変化の他に、風邪っぽい症状も出るっていうから。でもとても症例の少ない病気だから、あんまり研究が進んでないんだ。人によっては性格や五感にも変化があるらしいとは言われているけど」
詳しくは判らないと、そう答え、ルフィに具合を尋ねる。
「何か…鼻につーんと来て、味がよくわかんねぇんだ」
「香辛料…かな? 味覚が過敏になりすぎてて、逆に味わえないのかも」
感染症により、食欲が落ちている所へ、味覚が変化して食べ物を、特に香辛料などの刺激物を身体が受け付けないらしい。
「…果物とかなら食えるかな。切ってやるから、寝てた方がいいな。耳生えるだけじゃなくて結構酷い風邪の症状も出てるみたいだから」
そう言ってサンジは、ルフィに肩を貸すように支えて立たせ、扉へと促した。
「ナミさん達、先食べててくれよ。おれ、コイツ寝かせてくるから」
そう言い残して、ルフィを抱えるようにしながら、サンジがキッチンを出ていく。

「びっくりしたわ…。食欲の無いルフィさんなんて、滅多に見れるものじゃないもの」
大丈夫かしら…と、ビビが心配気に、閉められた扉を見ながら呟いた。
「普段具合なんか悪くならない分、いざ体調崩すと、身体がダメージに慣れてないから症状が強く出るんだろうな。…早く良くなるといいけど」
ウソップが、これまた心配気に言う。
いつも元気で前向きなルフィの姿が、いかにこの船を明るくしていたかを、皆はつくづく思い知った。
静か過ぎる食卓に、重い空気を纏わりつかせ、食事の時間は終わりを告げた。



皆の食事が終わっても、サンジは戻ってこない。
「果物食べさせるとか言ってたじゃない。今ごろ看病してあげてんのよ、きっと」
「サンジさん、ああ見えて世話好きですからねえ」
「ちょっと、ウソップとゾロ。ごはんの後片付けしといて。私達は、もう少しルフィの病気について調べてくるから」
そう言い残して、ナミはチョッパーとビビを連れて女部屋へと向かった。残されたウソップは、ぶつぶつ言いながらも後片付けを始める。ナミに言われた通り、それをゾロは手伝おうとしたが。
「ああいいよ、大した量じゃねーし。外で鍛錬でもしてこいよ」
親切にもそう言われてしまい、下手に手伝うと邪魔にもなりかねない気もしたため、素直にその言葉に従おうと、ゾロはキッチンを後にした。

…しかしサンジの奴、戻ってくるの遅せーな。

そう思い、それ程ルフィの具合が悪いのかと、気になってきた。少し自分も様子を見に行くかと、男部屋への入口を開け、中を覗き込んだ時。
「────!?」
「あ!」
サンジが慌てて、ソファに寝かせたルフィから弾かれたように離れるが。
見てしまった。その一瞬に。
サンジの行動を。

 

ルフィに、覆い被さるようにして、キスしていた。

 

「…てめ……!!」
「ち、ちょっと待てゾロっっ誤解だ!」
激昂し、梯子を降りて来かけたゾロの元へと慌てて駆け寄り、サンジが小声でわたわたと言い訳する。
「と、とりあえず上行け。ルフィが起きる。折角寝たんだから」
そのサンジの言葉に、ソファに目をやると、布団にくるまってがーがー寝ている姿が見えた。
小声は、ルフィを起こさない為の配慮らしい。ああまでしっかり寝てると、ちょっとやそっとじゃ起きないとは思うものの、具合が悪いらしいルフィを確かに起こしたくはない。
サンジの言う通り甲板へと上がり、顎をしゃくってサンジを促すと、すぐに彼も上がってきた。
 



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