「フラレたー;;;;」
そう言ってサンジがおれのアパートに突然やって来たのは、12/24の夜。
世間が、クリスマスイヴだの何だのと浮かれている日だ。

 

「大体さあ、ヒデーと思わねぇ? わざわざイヴの日に振らなくてもいいじゃんかー」

ウイスキー片手に絡み酒。最初はワインだった筈なんだけどな。
サンジが自分で持ってきた、なかなかに高級そうなワインはあっという間に無くなり、おれの
部屋にあった酒にも手を出し始めた。日本酒の瓶も開いてる。滅茶苦茶なチャンポンだ。
味わってなんかねーだろ、お前。勿体ねぇ。
ささやかな酒宴(つか、ヤケ酒だ)に付き合いつつ、心の中で舌打ちする。
そんなに強くねーんだから無理すんなと言いたいが、状況が状況だけに強くも言えない。
別に哀れんでやろうという訳でもないが…。

大体コイツは、女グセが悪い上に女運が無い。今回の女なんか、完璧にテメェをファッションの一つとしか扱ってなかっただろーが。
ガキな性格に似合わず、大人びた、綺麗とも言える外見してるお前を傍に置く事で、周りに優越感を持っていた、美人ではあるが打算だらけの女。
そんなのに引っかかる方が悪い。
同情なんかしねーぞ。そもそもコレ、何度目だと思ってやがる…。
「あああクリスマスイヴを男と過ごすハメになるとは…」
「そのセリフ、そっくり返すっての…」
大げさに嘆くサンジをあしらい、手元にあったリモコンでテレビをつけた。
酔っ払いの戯言を聞いてるよりはマシかと思ったんだが。

『聖なる夜をあなたと…』

そんな歌詞の甘ったるい音楽と共に、見た事あるが名前は知らない女優が、これまた名前が思い出せない俳優の男に抱きついて、キスしやがった。どうやらドラマのワンシーンらしい。
やべェ……。
隣で、サンジが固まっている。傷えぐるようなシーンだもんな。でも別におれのせいじゃねーぞ……。大体何で、キリストとやらが産まれた前日が、こんな恋人同士の為みてーな日になったんだ。世間が間違ってるぞ絶対。
「クソ…おれだってこんなイヴ過ごしたかったさー!」
「うるせーな。今からでも誰かひっかければいいだろ、そしたら」
「こんな日に外歩いてるのは皆カップルばっかだ。無理言うな」
…そんなもんなのか?
「ゾロ、てめぇは? 一緒に過ごす女の子とかいねーの?」
「いたらこんな所でお前の相手してねーよ」
「それもそーだけど。なぁ、じゃあ一緒にいたい子は? 好きな女の子とかは?」
何だよ、普段他人の恋愛沙汰なんか気にせず、自分の事ばっかで必死なくせに。
「って、いなさそーだよなー。朴念仁ーってカンジだもんなー」
けらけら笑いながら言いやがる。酔っ払いの相手すんのも馬鹿らしいが。

「好きな奴ならいる」

こっちが、その手の話には乗ってこないと踏んで、馬鹿にしたようにへらへらしてやがるから、敢えてきっぱり言ってやった。
案の定、サンジは目を見開いて、驚愕の眼差しをおれに向けてきた。
「え、ウソ! テメェが!? 誰!?」
肩を掴んで揺さぶられる。
「うるせぇ。お前に言う義理はねぇよ」
これをまたあしらい、テレビのチャンネルを変える。恋愛とは全く関係なさそうな、芸人のバラエティ番組にとりあえずチャンネルを合わせて、手酌で酒を注ぐ。
もっとしつこく聞いてくるかと思ったサンジが、「そっか」と呟き、黙り込んだ。
それが意外で、思わず視線をサンジに向けると。
思いの他近くに顔があり、目が合う。

「…おれにも言えない相手?」

じっと、黄金色の髪の間から、青い瞳が見詰めている。
咄嗟に返事が出来ず、こっちも黙り込んでしまった。
しばらくそのままで、時間が止まったかのように固まっていたが。
やがてサンジが視線を外し、炬燵の上の酒の入ったコップを取った。
「……もう止めとけ」
さすがに、忠告したが。
おれの言葉を無視して、薄めてもいないウイスキーの原液を、一気に煽りやがった。
「なんかさ─────」
それからしばらく、言いにくそうにコップを手の中でくるくる回していたが。
「…フラレたのもショックだけど、てめーに好きな人間いるっつーのも同じくらいショックかも」
「は?」
言われた意味がよく判らない。
「てめェとは気付いたら腐れ縁で、結構長い事つるんでるけどさ。好きな奴いるなんて初めて聞いたから」
だから何だよ…
「なンか…何つーか複雑…。何か変な感じ……」
言いたい事がよく判らない。これだから酔っ払いは困る。どうやって相手すべきか、それとも無視しとくべきか悩んでいる所へ、サンジが何やら納得したように突然頷いた。
「あー、判ったかも……」
「何が」
「独占欲だ、コレ。おれ、テメェが誰か好きなのが嫌なんだ」
「……………はぁ?」
思わず、眉を顰めてサンジに問い掛けてしまった。
「お前が誰か好きになるなんて、心のどっかで思ってなかったんだと思う。ずっとおれとつるんで、傍にいるのが当たり前で、そういうもんだって……」
「何勝手な事言ってやがる」
「そうなんだけど…ああもう、自分でもワケわかんね……」
「サンジ、お前もう寝ろ。飲みすぎだ」
ぐしゃぐしゃと自分の髪を片手で掻き回すサンジに、子供を諭すような感じで語りかけた。
そしたら。
「ヤバ……。同じくらいじゃねーや、お前に好きな人間いる方がショックでけぇ…」
そう呟くなり

「…!!」

いきなり、腕を強く引き寄せられ、抵抗する間もなくサンジにぶつかっていた。
いや、ぶつかってたんじゃなくて、唇を押しつけられてた。しばらく何が起こったか判らず硬直していたが、キスされてんだと頭が理解した瞬間、反射的に身体を突き放していた。
咄嗟の事で力加減が出来ず、サンジが衝撃で壁に強く叩きつけられる。
だけど、それすら労わる余裕が無いくらい、こっちも頭に血が上っていた。
「何しやがる!! ふざけんな!!!」
壁に凭れていた身体を引き摺り、コートと共に外に叩き出しながら怒鳴った。
「帰れ! 酔っ払いの相手なんざしてらんねェよ!!」

ふざけていたのか、酔った勢いの醜態か。
絡んでキスしてくるのなんか、普通なら軽くかわしたり、呆れたりする程度の事なのかもしれない。酒の席での、キス魔なんて言葉もあるくらいだから。
でも。

 

─────好きな相手。

 

それが、扉の向こうのアイツじゃなければ、おれだって軽くかわせていたかもしれない。


「……ゾロ」
閉めた扉の向こうから、頼りなげに呼ぶ声が聞こえる。
「悪かったよ、ごめん。謝るから」
そんな声で謝れば、今まで全て許してもらえてきたんだろうな。甘やかされてる分、タチが悪い。
「酔ってるけど、酒入ってるけど…ふざけてなんかなかった」
窓の外を見ると、雪が降っていた。…深夜だし、外は凍るように寒いだろう。
「自分でも気づいてなかったけど、今気づいたんだ。…本当に。本当なんだ」
電車も無いな、この時間だと…。この辺だと、タクシーも捕まりにくいかもしれない…。

「好きだって事」

最悪だ。
そんな風に、女を誑かしてきたのかと問いたい。保護本能に訴えるかのような態度で、まるでこっちが悪い事をしているような気分にさせて。
今までだってそうだった。最初から好きだなんて自覚していた訳じゃない。
要領が良さそうに見えて、その実危なっかしい所だらけで、目が離せないでいるうちに、こんな厄介な感情が芽生えていた。
本当に、厄介極まりない。
女とも長続きしない、フラれても、その後しばらくはジメジメしているものの、結局すぐに次に乗りかえる事の出来る程度のコイツに好きだと言われた所で、いつ簡単に心を変えるかわかりゃしねえ。
なのに。

「…てめェに好きな奴が出来る前に気付けば良かったなぁ…」

その言葉が耳に届いた時、もう駄目だと思った。
何で、撥ね付けられないのか。結局いつもそうだ。
堪えきれず、扉を開いてしまう。
開いた扉の向こうに立っているのは、こんな日に似合いのサンタとやらでも、キリストやらでもなく、おれからしたら悪魔に等しい。なのに。
何で受け入れてしまうんだろう。

 

「ゾロ」
「……酔っ払い放り出して、凍死なんかされたら後味悪い」
安堵したかのようにおれを呼ぶ声に、言い訳のように答える。まさに言い訳そのものなんだが。
「う、マジでさみぃ…凍死する…」
そう言いながら、「ほら」と手を握ってきた。その冷たさに、こっちの手まで冷えるが、情けないことに頬が、手とは反対に熱くなる。
「なあゾロ、おれさー頑張る事にするわ。お前が誰を好きでも」
手を強く握りながら、真剣な表情して
「テメェの事だから、ほんとにスキな相手だと、なっかなか心変えねーだろなァ。でも、おれ決めたから。諦めンのやだし。すんげー頑張るからさ」
…頑張るって、一体何をなんだか…。
だが、寒さにまだ歯の根が合わない震える声で、鼻の頭を赤くしたままの笑顔で、そんな風に言われると、「まあいいか」という気になってしまう。
つーか、何も判ってねえコイツが、面白いというか可愛いというか…。

何をだか知らねーけど、せいぜい頑張って、努力する事だな。
真実をいつか見抜けるように。


伝えるべき言葉はいろいろある筈だけど、おれは無言で奴を炬燵へと導いた。

 



我侭プリンスと、意地っ張り君でお送りしました。
てゆか、駄目男と振りまわされるヒロイン?(笑)
…んが、続きがあったり。実は。しかし何だか
お笑いな結末になった気がするので、片想いな
甘々シリアス(?)の雰囲気崩したくない方は
見ないで下さい…;中途半端なえろ苦手な人も;



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