沈黙が重い。

何か言わなくちゃいけない気がするけど、何も言えない。
真っ直ぐにおれを見ている、ゾロの目を見てるのも居たたまれなくなって、俯いてしまう。
どーでもいいが、こういう時に目に映るのがいつもみたいな黒いスーツを纏った足じゃなくて、ヒラヒラなスカートだっつー状況は、かなり情けないもんだ…;
どんなにシリアスしてても、おれ今メイド服なんだよなーなんて考えると、更に泣きたくなった…;
何だかなあと思いつつ、それはともかく今の状況はおれ的には深刻だ。

 

「言いたい事はそれだけか?」

沈黙を破って、ゾロが口を開いた。何の感情も読み取れないそれは、冷たい声だと思った。
拒絶されてると感じてしまう。
その事に萎縮してしまい、疑問形で尋ねられた台詞の返事をとっさに思いつかないが、ここで沈黙してしまうのは怖かった。
「いや、あの…ええと、」
沈黙を肯定と取られてしまうそうな恐怖に、必死で言葉を探す。
何か言わなくちゃいけないと、そうしなければ全て終わりだという強迫観念に追われて。
「け、結婚したら多分アンタ、アラバスタに住むんだよな」
────諦める決意をしていたのに。今はそのチャンスなのに。
「向こう、確か一人娘だし、そのお姫サンがお世継ぎだもんな」
でもここで話を終わらせてしまうと、もう二度と会う事すら出来なくなりそうな気がした。
「婿入りってヤツか? 知らない国だし、大変だよな。知り合いもいねーし」
完全に拒絶されて、捨てられそうな気がした。
「だからさ」
捨てられるも何も、恋人な訳でも何でもないのに。
「…だから…」
なのに。
「だから」
未練だらけだ。

最悪だ───────。

「だから……おれを、連れてってくれねーか…」

俯いたまま言ったおれのその言葉に、ゾロが小さく「は?」と聞き返した。呆れられてるだろーな。
当然だ。
「あのさ、お抱えコックでも、お抱えメイドさんでも、もー何でもいいからさ。頼むよ」
「何で」
「こんなまま離れたくねーからに決まってんだろ!」
ゾロの疑問に、ヤケクソで怒鳴り返す。
もういい。呆れられても、全部吐き出してしまおうと思った。
「好きなんだ。好きになっちまってた。もう自分でも訳わかんねーくらい」
顔を上げて言い切り、ベッドに座っておれを見ているゾロへと近づいて、肩を押さえて真上から視線を合わせた。
唖然と言った感じでおれを凝視している無言のゾロに、自暴自棄も手伝って捲し立てた。
「離れたくないんだ。ほんとは結婚なんてしてほしくねーけど、もう決まっちまったんだろ。テメェ個人のことじゃなくて財閥とか国とか絡んでんだろ。そしたらもう、おれにはどーしようもないから、せめて……」
「おい…」
捲し立ててるうちに、止まらなくなって、肩を押さえる手に力を込める。体勢が崩れたゾロに圧し掛かるような状態になっていた。
「せめて、傍にいたい」
こんな勝手な言い分、完全に拒絶されるだろうなあ…。
だけど、好きだと伝えられた事で少しだけ、胸の支えが取れた気がする。
本音を隠さなくちゃいけないと、あの夜の出来事は無かった事にしなくちゃいけないと、押し殺していた心を、最悪の形でにせよ解放出来た訳で。

「…勝手な事言ってんじゃねーよ。テメェ、おれの事ずっと無視してたくせに」
押し倒された体勢のまま、おれを見上げてゾロがそう言った。拗ねてるような響きのその言葉に驚いた。
「無視なんかしてない」
「避けてただろ、あの日以来」
「どうしていいか判らなかっただけだ」
好きになっても、叶うわけないんだから。諦める為に必死で、自分の気持ちを整理しようとするだけで精一杯だった。よそよそしく、ぎこちなく接してしまっていたのを、「無視されてる」と思われてたのは、初めて知った。
「似たようなもんだ。その程度の度胸で、あんな事するお前が悪い」
「………」
その通りで、何にも言い返せない……。
「まあでも、おれも他人の事言えた義理じゃねーんだけどな」
合わせてた視線を背け言ったゾロの台詞が理解できず、首を傾げて疑問を訴える。

 

「婚約とかっての、嘘だし」

 

「……………………………は?」

…………今、何て言った?
ゾロをベッドに押し倒したまんまの姿勢で、固まってしまったおれに、ゾロが不機嫌そうな声音で言い放った。
「アラバスタの姫とやらと婚約話が持ちあがったのは本当だけどな。あいつが、おれをそう簡単に手放すと思うか?」
あいつってのは勿論ミホークの親父さんだ。言われてみれば確かに…ミホークのオヤジさんの親バカぶりは、おれもよーく知っている。放任ではあるが、結局は手の届く範囲からはゾロを出した事が無い。アラバスタなんて、自分の目が完全には届かない遠地へ、可愛くてしょーがない(義理の)息子を行かせるのは確かに考えにくいかもしれない。頭に血が上ってて、親父さんの心情まで思い至らなかったが。
「それに、アラバスタの王女とはちょっと話した事あるけどな。外見に似合わず、強くてしっかりしてる。お前なんかよりずっとな。あいつが女王になる頃には、状況も自力で安定させているだろーよ」
おれなんかよりずっとという言葉がひっかかるが。そんな事より。

そんな事より何で─────

「なっ、何でそんな嘘ついたァ!?」
「うるさい。だまれメイド」
「メイドじゃねー!!!!!」
耳を抑えて憮然と言うゾロに、更にデカイ声で怒鳴る。
本気で泣きたいくらい悩んで、諦めようとしたけど出来なくて、必死の思いで情けない告白までして。
なのに嘘とは一体どーゆーこった!?
おれが女の子なら「ヒドイっ私の気持ち弄んだのね!!」とでも叫びたいところだ。マジで。

「……………てめェが悪い」

と、小さく呟くゾロの台詞が耳に届いた瞬間、そのあまりの意味不明さと理不尽さにブチ切れかけ、おれが何で…と叫びそうになった所へ。
「曖昧なまま逃げようとしやがって」
反らしていた目を合わせてきた。
「え……」
この視線には弱い。自分を失う程に吸い込まれそうになる、いつも。
だけど、今のそれには、若干責めるような色が滲んでいて。

「お前、自分に精一杯で、おれの気持なんて全然考えてなかったろ」

組み敷かれたまま手を伸ばし、乱れて右の視界にまで鬱陶しく掛かっていたおれの前髪を、指で梳き上げ る。
…前にも、こうして髪を撫でられた事がある。その時と同じ、甘い感触。
───勘違いしてしまいそうな程。
そう、あの時は勘違いだと思った。
だけど。

「ああもう、何でお前なんか…」

ゾロが、おれへの文句らしいその台詞を全て言葉にする前に、近すぎる程に接近していたお互いの顔が、更に寄せられた。
唇が触れる。
 



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