「…………………………」

ゾロの部屋の扉の前で凍りついたまま、そろそろ何分経っただろう。

 

こともあろうに、ナミさんに雑用押しつけてまで、ここへ慌てて飛んで来たけど。
よく考えたら、ゾロに何を問いただそうというのだろうか、おれは。
「何で婚約なんてするんだ」ってか?
そんなの、ゾロの勝手で、おれには関係ないって言われたらそれまでだ。
「政略結婚なんて止めとけ。愛情も無いのに」
一般論としては、当たり前の忠告だけど、そんなのは人それぞれ、家などの事情なんだからどうしようもない事だろう。
そうだ、おれがあいつに何言っても、そんなのはおれの勝手な言い分だ。
ゾロはゾロで、おれには関係無い。

「…関係無くない…」

ちいさく呟くけれど。

一度寝た。
だから何? その程度で?
何に干渉出来るってんだ。
婚約なんて取り消してほしいなんて。

「───言えるわけねーよなぁ…」
そもそも、おれだって色々悩んで、結局諦めようと思ったんだ。
後悔はしていない。だけど、手に入るわけもない相手だから。
全部押し殺して、いつかちゃんと、懐かしい思い出になるように。
今まで通り、友達のようにじゃれあって接するのさえ辛くて、どう接していいか判らなくて。
だけどいつか、また元のように戻りたいとは思っていて。
でもそれだけじゃ足りない気もして。

─────ああもう、自分でも訳わからん…

「…帰るか」
思考の渦巻く脳内。こんなんでゾロに相対しても、まともにやっぱり喋れそうにない。
くるりと踵を返したところへ。

「いっ!!!!」

ガン!
…って音と衝撃。
「いいいいいってぇーーー!!」
思わず頭を押さえて蹲ったおれに、上から「あ、悪ィ」という声が降ってきた。
何が起こったのか一瞬判らなかったが、どーやら内側からドアが開いて、その角に頭をぶつけたらしい。あああコブ出来てきたよ;
「なンか、ドアの前でうろうろしてる奴がいるなーと思ったけど、なかなか入ってこねーから、こっちから開けてみたんだが」
まさかそんなに近くにいるとは思わなかったな、という暢気な声に、思わず恨みがましい目で見上げてしまう。
つか、ワザとじゃねーだろーなー?
何となく、おれだと判っててやりやがった気がする……。
コブの恨みによる妄想かもしれないので口にはせず、頭を摩りながらとりあえず立ち上がる。そんなおれを見ていたゾロが。

「…………………」

俯いて、手で口元を隠し、肩を震わせ始めた。
え、何?
な、泣いてるのか?
やっぱ、婚約の件とかで? 悩んでいるのか? それとも、一月前のアノ事……
って、思わず覗きこんだが。
「……ぐ……くく……やっぱそのカッコ、近くで見ても笑える………」
……笑ってやがる。
「笑うな! スキでやってるワケじゃねーぞ!!」
テメェのオヤジさんにやらされてんだ。じゃなきゃ誰が好き好んでメイドなんかやるか!
こんなヒラヒラしたカッコ……ああ屈辱。
「可愛いじゃねーか」
「可愛くねーよ!!」
からかうような楽しそうな台詞に、反射的に怒鳴って言い返すが、実はちょっと感動していたりする。…こんな風に、普通にやりとりするの久しぶりな気がする。そもそも、二人きりという状況になった事自体が、久々かもしれない。
思わず、こんなカッコにしやがったミホークに感謝してもいいかなと思ったくらいだ。何にせよ、この会話のきっかけを作ってくれたわけだから。
そんな複雑な心境でいるところに、笑いを収めたゾロが言い放った。
「ま、あと3週間我慢するんだな。他人の失敗わざわざ庇ったりするお前の方が悪い」
「!」
高価な壷を割ったおれに下った罰。一ヶ月のメイドさんの刑。だけどそれは……
「こないだ入った、新人メイドが掃除してて誤って割ったんだろ?」
「な…何で…」
あの時、近くにいてそれを見たのはおれだけの筈だ。
だからあの、高そうな壷を割ってしまい、真っ青になって泣きそうに震えてた、新しいメイドの女の子に代わって、おれのした事だと申告したのに。
何で知ってる…?
「たまたま見ちまってな。遠くからだったから、てめーら気付いてねーようだったけど」
驚いて聞いたら、そう答えた。マジ気付かなかった。
「テメェ、相変わらず女に甘すぎ。それとも何か? 女なら誰でもいいのか」
ナミにもちょっかいかけてるよなァなんて言いながら、部屋へと戻っていくゾロを慌てて追い、おれも部屋に入る。

ドアを閉めたら、いよいよ二人きりの空間になってしまった。
ゾロはベッドに腰掛けて、おれの方を見てる。

 

だからどうして、そうやってじっと目を見るんだろうか。
あの夜もそうだった。
飲み込まれそうになる。また何かを言い訳にして、触れてしまいたくなる。
でも駄目だ。

 

叶わないなら、諦めなくちゃいけない。子供じゃねーんだから。

 

「婚約……すんだって?」
「ああ。だから?」
問いただしたいと思ってここまで来たのに、それでも聞きたくなかった肯定の言葉。
「アラバスタの、お姫様だってな」
「だから何だよ。羨ましいのか?」
別に怒った口調で言われたわけでも、呆れられたように言われたわけでもない。
表情と同じ、その口調も何の感情の波も感じられない物だ。でも。

駄目だ、泣きそうな気がしてきた。

ショックを、辛さを、全部必死で押さえる。
必死で言葉を探す。

 

「…おめでとう、って言うべきだよな、こういう時…」


それだけ、やっと言えた
 



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