アラバスタ王国といや、ちょっと前までは、穏やかな国王の元で平和が保たれた、落ちついた国だったけど、数年前から軍が力を持ちすぎ、政情が不安定になっている。
軍の裏には、あの鷹の目財閥にもひけを取らない財力豊かな組織、バロックワークスが糸を引いているとの噂もある。
アラバスタは砂漠の国だけれど、石油などの地下資源等が豊富で、BWに狙われてるらしい。
地下資源はあっても、それを採掘する技術や、輸出ルートがきちんと確保できていない、まだまだ発展途上のアラバスタからしたら、BWに対抗し得る財力を持つ鷹の目と、平和的なコネクションを持つ事は、安全を保障するだけでなく国の発展にも繋がるだろう。
鷹の目財閥からしても、豊富な地下資源をアラバスタと共有できるのは、かなり得な話だろうし。
それで、婚約ってか? 完璧な政略結婚じゃねーか…。

 

───婚約なんて、おれは何も聞いてない。
ゾロからは、何も。

 

「ナミさん、悪いけどそのお茶、ミホーク様に渡しといて!」
レディに雑用任せるなんて申し訳ないけれど、居ても立ってもいられず、おれはゾロの部屋に向かって駆け出した。
どーでもいいが、こういう急いでる時にスカートってやつぁ、足に纏わりついて走りにくい!;

 



ゾロとは、たった一度だけ寝た事がある。
その時の事を思い出す。

ゾロは頻繁に、屋敷からふらっといなくなる。いわゆるプチ家出みたいなもんで、何日間か帰ってこなかったりする。別に深い悩みからとかではなく、何となく外に出て、ふらふら歩いてるうちに帰り道が判らなくなり、そのまま気の向くままあちこち放浪しているらしい。
まあ、家…てゆかお屋敷が窮屈なのもあるだろうけど。
でも大抵2・3日で帰ってくるし、慣れっこの筈の義理の父親も、すさまじく方向音痴な息子の為に、3日を越えると捜索を始めるし。そして、あっという間に見つけて連れ戻す。だから警察沙汰に
なんざならないけど、しかし。
財布は持って出てるんだし、戻りたくなれば、タクシーだの公衆電話だのも使える筈で。それに何より、19にもなる成人間近な息子なんて、ほっときゃいいものを…。親バカだな全く。
それはともかく。
約一ヶ月ほど前、やはりゾロが放浪という名の行方不明となった時。
ミホークはすぐにその行き先を割り出し、おれに連れ戻すように命じた。行方不明になってから、丁度5日目の事だ。
ちなみにゾロのやつ、隣のそのまた隣の県にいた。電車などは使わず、ふらふら歩いてそこまで行ったらしい。電車などなら、2時間強くらいで行ける場所ではあるが、徒歩となると…
…マジかよおい、と呆れつつおれは迎えに行った。

 

「おう、今回の連れ戻し役はお前か」
見つけ出したゾロの第一声。笑いながらの台詞は、悪びれもしない物だった。
屋敷を出発したのは午前中だというのに、その時には、とっくにもう日も暮れていた。
「テメェな……」
疲れきってたおれは、思わずその場に座り込んだ。
何せ、ゾロの居場所はというのは、あくまで「こんな男見ませんでした?」みたいなゾロの情報を全国に流し、それに返ってくる目撃情報から推測する程度の物で。結局は誰かが足を使って探し出さなくちゃならない。おれはというと、そんな目撃情報からの大体の居場所しか知らされておらず、ゾロ自身も動き回っている訳で。発見するのにえらく手間取ったんだ。
「クソっ滅茶苦茶疲れたぞ! こんなんコックにさせるなよー…探偵とかの仕事だろー;」
思わず愚痴を零したおれに。
「あいつ、おれとお前が親友だと思ってるからな。お前を迎えに行かせれば、おれが喜んで帰ると思ってるんじゃねぇか」
「へ」
ゾロの台詞の「あいつ」は、ミホークの事だよな。
親友…って思われてるのか? 別に仲悪いわけじゃねーが…。
「しょっちゅー喧嘩ばっかりしてんじゃねーか。テメ、厨房から酒勝手に持ち出したりするし」
「そういうの見て、逆に仲良いと思ってるみてぇだけどな」
そんなもんか?
「この身分の差でかあ? アンタの父親、おれなんかが友達だったら嫌なんじゃねーのかね…」
よく考えると、おれは所詮こいつの屋敷に雇われてる、下働きだ。そんなのと「お坊ちゃん」がナカヨシなんて、いい気分しねーんじゃねーか?
そんな風に思って、ぽろっと言った言葉に、ゾロが少しの沈黙の後、言った。
「…お前もそんなの気にすんのか?」
いつもと違う声のトーン。
思わず座り込んだままその顔を仰ぎ見るが、外套の逆光の為、表情はよく判らない。
少し怒ってるようにも、寂しそうにも聞こえた。それが気になって、立ちあがってその表情を伺う。
同じくらいの高さになった目線の先に、おれの事をじっと見る黒い瞳があるが、その感情は読み取れなかった。
「いや……おれは別に、アンタがえらいトコのお坊ちゃんでも、気後れなんてしねーし」
何か言わなくちゃいけない気がして、脳内で纏める前に言葉がぽんぽん口から出てくる。
「ええと、アンタ別に全然えらそーにも見えないし、喧嘩してる時は腹立つけど、それも結構面白いし、最初は訳わかんねーって思ったけど意外とイイ奴だし、話しやすいし……」
「……………」
「まあとにかく、だ。おれは友達とか思われんの、悪い気分なワケじゃねーぞ。つか、テメェみたいなの、なんつーか、結構好きだぞ」
何も考えずそう言ってから、ちょっと恥ずかしくなって顔が赤くなった。
照れ隠しに、ジャケットのポケットに入れていた煙草を取り出して火を点ける。
そしたら。
それまで黙ってじっと無表情のまま、おれの台詞聞いてたゾロが、ちょっとだけ笑った。
何も言わないまま、声も立てず、少し照れたように。
その笑顔が。

うわ…

何か、ちょっとかわいい。

……なんて一瞬思った自分にびっくりした。
同い年の、それも男だぞ相手は。身体つきも、おれよりいい同性相手に、何でそんな形容詞が出てきたんだよオイ;

でも───────

「な、なあ、とりあえず早く帰ろうぜ。オヤジさんも心配してるしさ」
慌てて話題を変える。わざとらしかったかな……。
「この時間だと、家に着くのかなり遅くなるな。折角いい所に来たんだし、どうせなら近場で一晩宿をとろうぜ」
そういや、この辺って温泉がそこそこ有名な、観光地だったな。
「でも、オヤジさんが…」
躊躇うおれに、「連絡はちゃんとしとくからさ」と、暢気にゾロが言う。
…コイツ、もしかしてわざわざ温泉目当てにここまで歩いて来たんだろーか。いや、そんな方向感覚なさそうだが。
もしかして、まだ帰りたくないのかななんて思い、おれはその申し出を承諾した。

 

後から思えば、そこで無理矢理連れ帰っていれば、あんな事にはならなかった筈なのに。

 

 

これは、後悔なんだろうか。
いや。
後悔はしていない。だけど、あれ以来、前のように気軽に話したり、喧嘩出来なくなった。
いつも、どこかよそよそしく接してしまう。
叶わないものに、本気になったからだ。

 

 

泊まった旅館で、重ねた肌の熱さを、今でも鮮明に思い出せる。

 



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