2008/3/2発行の無料配布本の
若干手直し+エピソード追加予定です。
すみません;

ゾロが何だかオトメンですご注意を||||




いつからか、なんて覚えてはいないけれど。
目があいつを追うようになっていた。

この船で共に旅を続ける仲間の一人、サンジという名のその男の事を。




「何見てんだよ。喧嘩ふっかけるつもりなら買ってやるから、言いたい事はちゃんと言え」

不機嫌な表情の相手にそう言われて、初めてサンジを見詰めていた事に気づいたぐらいの自分は、正直「感情」というものに疎いと思う。
他人のそれにも、自分のそれにも。
その場は「何でもない」と視線を逸らしつつ言い、不満げな相手の視線を振り切って立ち去ったが、内心はどうしようもなく動揺していた。
何故見ていたか。何故こんなに動揺しているのか。
辿り着いた答えは、自分でも驚愕するものだった。

いつのまにか、恋愛感情を抱いていたのだ、と。
仲間の、それも同性に。

ありえない。
だがしかし、一度自覚してしまえば、その感情を打ち消す事は出来なくなっていた。それどころか、その厄介な気持ちは益々膨らみ始めてしまう始末だ。
こんな感情は持っていても仕方ない。
叶う筈が無いのだから。同性になど興味を抱く相手じゃない。
それが判っているから、自分の中で渦巻く慕情を抑え込む事に必死だった。


そうして、どうにか感情をコントロールしていた、ある日の事だった。



「王様ゲームがやりたい!」

でかい目をきらきらさせつつこう言い放ったのは、船長であるルフィだ。
皆が集まっているキッチンで、小さな酒盛り状態になっていた夕食後の事だった。
「はあ? 突然何言ってるの」
唐突なルフィの提案に、ナミが呆れたように問う。だが気にした風もなく、ルフィは満開の笑顔を浮かべて答える。
「サンジが楽しいゲームだって言ってた! おれ、やった事ないからやりてぇ」
なるほど。確かにサンジが好きそうなゲームではある。
どういう席で良く催されるゲームなのかは一応知っていたから、つい納得してしまった。
「コンパなんかの定番宴会ゲームよ。あんたよく判ってないでしょ」
呆れの混じるナミの声音だが、それほど嫌そうな表情には見えない。隣でグラスを片手に微笑んでいるロビンも同様だ。
「面白そうじゃない? 私も経験はないけれど…」
「そうねぇ、あんまり変な事しないなら楽しいかもしれないわね…」
「おれもやった事ないぞ! やってみたい!」
好奇心旺盛なチョッパーも、会話に混ざる。
皆適度に酒が入ってるせいか、いつもより乗りが良く、結局そのゲームは実行される事となった。
木切れを利用してくじを作ったウソップが、それを全員に引かせる。
「王様だーれだ」
ルフィの掛け声と共に、全員が手の中のくじへと視線を落とし、確認する。
「はい、私」
ナミが手を上げた。
「ふふーん…じゃあね、3番の人が私の肩をマッサージすること」
「おれがかよー」
声を上げたのはウソップだった。ちぇ、などと舌打ちしつつ、ナミの背後に周り、肩を揉み始める。
「おいテメ、ナミさんの身体に触れるなんて、そんな羨ましいぃ…!」
変わってくれ、などと叫んだのは勿論サンジだ。
罰ゲームですら、ナミに触れたいらしいその女好きの根性には呆れる…と同時に、胸の奥がずくりと痛んだ。
周囲の皆に気づかれないよう、小さく溜息をつく。

一度芽生えた厄介な恋愛感情は、困った事になかなか消えない。

自己嫌悪に陥ってるうちに、ナミは満足したらしく、二度目のゲームが始まった。
「王様だーれだ」
定番の掛け声と同時に、再び引いたくじを見る。
「…おれだ」
木切れの先には、「KING」という文字と、デフォルメされた王冠の絵が書かれていた。
「お、ゾロかあ! よっし命令しろ!」
という命令が、船長から下ったが。
…困った。
正直、何も考えていなかった。しかしこのくじを引いたからには、番号を指定して何か命令をくださなくてはならない。
「………」
ちらりと視線を、隣に座るサンジの手元に向ける。
その手に握られたくじの番号は判らない。
───判ったからといって、何が出来るというわけではないけれど。

こんなゲームで王になどなったって仕方ない。
ここでサンジの番号がもし判ったってどうしようもない。
それなのに、僅かに「命令して、思い通りになるのならば」などという願望が胸をよぎった自分へ、嫌悪感を感じてしまう。

自分自身で努力して達成出来る望みならば、どんな努力だって惜しまないし、くじけたりもしない。
だが、自分に向く筈のない人間の心を、思い通りにこちらに向ける事など、出来るわけがないのだ。

「……4番、歌え」
心の中で溜息をつきつつ、簡単な命令をくだす。それに答えたのはロビンだった。
「あら、私ね。歌を歌うなんて久し振り」
「え、ロビンが4番だったの? 大丈夫?」
「ふふ、大丈夫よ」
ナミに笑いかけつつ椅子から立ち上がり、何やらゆったりとした旋律の歌を歌い始める。
知らないが、いい歌だなと素直に思う、。ロビンの澄んだ声も曲調に合っていて、耳に心地良い。
「ブラボー! ロビンちゃん!!」
歌い終わった途端、目をハートマークにしつつ賞賛を浴びせたのは、勿論どこぞのラブコックだ。
大げさな程の動作と拍手で称えるその行動は、本心からのものだろうが、やりすぎて少々うさんくさく思える程だ。だが気にした風もなく、喝采を受けた本人は微笑を浮かべ「ありがとう」と答えている。
でれでれとしているサンジから視線を外す。
こんな些細なやりとりにさえ、心がじくじくと疼く自分がやり切れない。
どうにかならないか、と内心で煩悶している間に、ゲームは更に盛り上がっていた。
くじが何度も引かれ、その度に楽しくも馬鹿らしい命令がくだる。自分もウソップと共に踊らされたり、チョッパーはモノマネをさせられたり。
どちらもたどたどしく下手なもので、だがそれに反比例して場は大きな笑いに包まれる。
そんな状態で場は沸き、気づけば随分と夜も更けていた。
「お、今度の王様は、おれだー!」
数度目のくじびきで叫んだのは、ルフィだった。たのしげに口角をにんまりと上げ、言い放った。

「それじゃあ、1番と2番がキスする!」

手元のくじを見ると、「1」と書いてある。
何てこった。
そして反応し叫んだ相手も、よりにもよって。

「うわ、おれ2番だ…ってゾロ、お前かー!!」
「…嘘だろう……」

呆然と呟き、サンジと二人、顔を見合わせる。
お互いに苦虫を潰したような表情をしていたが、おれの内心はとても複雑なものだった。
「ルフィ、お前何て命令を…」
思わず、咎めるような声音で言ってしまったおれに罪は無い筈だ。
「えーだってサンジが言ってたんだ。このゲームは堂々とキスしたりさせたり出来て、そういうのが面白いって。こういう命令は盛り上がるもんなんだぜーって。おれにゃよく判んねぇけど」
そう言い、ルフィは笑う。
入れ知恵はサンジ自身か。自業自得ってやつじゃねぇか……。
まあ確かに、周りの皆は笑い転げながら盛り上がっている。顔を顰めて嫌なオーラを出しているのは、目の前のサンジぐらいだ。
「王様の命令に背いたら罰を与えるわよ。そうね、一週間掃除係を代わるってのはどう?」
王様でもないくせに、ナミが楽しげに、そんな提案してくる。
「そ、そんぐらいの罰ゲームならそっち選んでもいいや、男とキスするぐらいなら…」
目の前で、眉を寄せていた不満げな表情が、明るく緩む。

───何だかそれが許せなかった。


「……!!」


腕を引き寄せて、有無を言わさず唇を寄せて。

目を伏せる瞬間に見えた、驚愕に見開いた瞳が脳裏に焼きついた。
一瞬だけ触れた唇の柔らかさも、多分忘れる事が出来ないだろう、と思う。

「な……」

驚愕に目を見張り、言葉を詰まらせるサンジの背後で、仲間達がわっと声を上げた。
「ちょっとゾロ、すごいわねー。こういうのは頬とかでいいのに」
「おいおい、すんげー嫌がらせだな!」
ナミの呆れたような声や、おちょくるようなウソップの言葉にも返事せず、サンジから顔を背けた。
自己嫌悪から、眉を寄せ唇を引き結んだ自分の表情は、ここにいる全員にも「嫌だが無理矢理命令を聞いた」せいだとしか思われないだろう。

「あら、そろそろ寝ないと。随分遅い時間になっちゃった」
ふと窓の外を見て、月の高さで時間を確認したらしいナミが提案してくる。正直、助かったと思った。
これ以上、この男の隣でどんな顔をしていたらいいのか判らない。場を後にする為立ち上がる。
サンジは未だ、男からキスされたショックから立ち直れないのか、噛み付いてくるでもなく呆然として椅子に座り込んでいる。 
そのさまを一瞥し、キッチンを後にした。




翌日。サンジの態度は、これまでと変わらないものだった。
適度に男連中にはそっけなく、過度に女連中には甘ったるく。
文句や嫌味ぐらいは言われるかと覚悟していたから、いつも通りで何も変わらないその態度と行動には安堵した。
不審の目で今後も見られ続ける事になったら、と昨夜解散した後で今更ながらに考えて、絶望感すら覚えてしまっていた。
だから、このサンジの態度はありがたかった。

このままが良い。
現状のままで。
そう願えば、心の中の厄介な感情も、隠していけるだろう。
信頼出来る仲間として。
それが自分にとっても、一番良い立ち位置なのだ。


納得しているつもりでも、どうしても胸の痛みはまだ残るが、これもいつか慣れるだろう。
そう信じなければやりきれなかった。





そして日々は過ぎ、航行を続けていたゴーイングメリー号は、ある島へと立ち寄る事になった。

「サンジくんまだ帰ってきてない? もうすぐ出発時刻なんだけど」
甲板で、へりに凭れて港を見下ろしていると、背後からナミに声をかけられた。
「知らん」
「食料はもう積み込んであるみたいだから、仕事終わってからナンパにでも行っちゃったみたいね。もう」
「お前が指定した時間までには帰ってくるだろ」
「まあそうね。トラブルにでも巻き込まれてない限りはね」
ちゃらちゃらしているが、責任感は一応持ってる奴の事だ。ナミの言いつけた時間から逸脱する事はないだろう。
そう思いつつ、甲板から港を見下ろす。
「……来たぞ」
視界に入った、黒いスーツに金の柔らかそうな髪。
遠目からも、笑顔を浮かべ上機嫌に歩いてくるのが判る。今回はナンパも成功したらしい。
そんな奴の気持ちに反比例して、自分の機嫌が急降下していくのが判る。

抑えよう決めて、それはちゃんと成功していた筈なのに、どうにも殺しきれない。


己の感情に吐き気すら催し、奴から視線を逸らした。



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