「やっぱいいよなーv エロいよなー」

目尻を下げつつ鼻の下を伸ばしきっている。そんなサンジを横目で呆れたように眺めながら、ゾロは酒の注がれたコップを口に運んだ。
ちゃぶ台の向こう、サンジの視線の先。そこにはテレビが設置されている。
そのブラウン管に映っているのは、深夜枠のバラエティ番組。サンジに言わせると、今かなり人気の番組らしい。
男芸人のコンビが司会だが、サンジの目はその二人を見事にスルーして、彼らと喋る女性芸能人に向けられている。
長い、焦げ茶色した髪の美女。身につけている衣装は、ボディラインを強調するタイトなもので、その豊満な肉体を視聴者に見せ付けているかのようだ。
「今日も色っぽいなーメイリン様はvv」
サンジは目をどでかいハートマークにしながら、うっとりと呟いている。
メイリンという、その女性芸能人。彼女が最近のサンジのお気に入りらしい。
しかしゾロはその芸能人について、ほとんど知らない。
最近よくテレビで見る気がする、色気を前面に押し出したグラビアアイドル(?)、という程度の認識だ。
だらしないサンジの顔から視線を外し、テレビへと向けたゾロが見たのは、椅子に足を組んで座っているメイリン様とやらの全身図。
豊満な胸が零れ出そうな襟元の開いた黒いキャミソールに、同じく黒で短い丈のレザーのジャケット、短めの丈のタイトスカートもまた黒だ。アクセントに巻かれた赤い大きな花のついたベルトもまた、かわいらしいというよりはどこか攻撃的な印象だ。
ほとんど黒尽くめの衣装を身に纏い、ブラウン管の中で笑っている。
しかし、水着の女性などもよく出てくる深夜のこの時間帯は、この程度の露出など大して凄い方ではない。
ちゃぶ台で奥さんと共に晩酌しつつ、大して興味もない番組を流し見る程度に目をやっていたゾロは、そんな事を考え、少し不思議に思っていた。

「あ、そんなにエロ度たいした事ねーじゃんとか思ってるだろ?」
勘のいいサンジが、見透かしたように言い当てる。
「テレビだとそこまで過激な衣装着ないみたいだけど、写真集とかホームページの写真とかは凄いんだぜ。コレとか見てみろよー」
そう言いつつ、雑誌や本を置いていたブックシェルフをごそごそと探り、何やら一冊の大判で立派な本を取り出してきた。
「買っちゃったんだよな、メイリン様の写真集v」
目をやると、表紙にいたのは今テレビに出演している彼女だ。
しかし、衣装は今テレビで着ているものとは、段違いに際どい。
黒のレザーで作られた、下着に近い服装。腿や胸元を派手に露出した、ほぼ半裸にも見えるものや、拘束具をイメージしたような淫らさを感じさせる衣装等々。
それらは、いわゆるボンデージと呼ばれる物だ。
そういう衣装を身に纏った彼女の、紅く濃く塗られた口元は、テレビ以上に挑発的な笑みを形どり、蠱惑的に視線を流している。
「なー、いいだろ、女王様ーってカンジだろ!」
確かに、鞭など持たせたら似合いそうな、いかにも「女王様」な雰囲気である。
ぱらりとページを捲っていくと、しなやかな筋肉を持つ裸の男を踏みつけている写真や、拘束され四つん這いになった男に座っているものまであった。
ここまで来ると、「女王様な雰囲気」というより、完璧に女王様である。
「なんかもー、踏みつけられたいってカンジ?」
「マゾかテメェは…」
呆れた視線をゾロが向けると、サンジは気を悪くした風もなく、「そーかも」などとへらへらしている。



さて、紹介が遅れたが。
一つ屋根の下暮らしているこの二人、単なる男二人の同居などではなく、れっきとした婚姻関係のある「夫婦」だ。
同性婚が認められたこの世界で、堂々と籍を入れ暮らしている。
ちなみに旦那さんがゾロで、奥さんがサンジである。日々会社へ出勤し忙しく働いているゾロと、かいがいしく旦那さんの世話を焼き、家事全般をこなすサンジだが、夜の主導権はサンジの方だったりする。

ところでサンジはゾロと出会うまでは、同性と結婚など考えた事のない、周りからも呆れられる程の女好きな男だった。
ゾロに出会ってメロリンラブな状態になり、目出度く結婚も出来たが、未だに可愛く綺麗な女性達も好きなフェミニストという点に変わりはない。
勿論浮気などはせず、ゾロ一筋である。なので現在は、女性が好きと言っても、一般の女性全体に親切だとか、手の届かない綺麗な芸能人や漫画・ドラマ等のキャラに夢中になるような、たあいないものだ。
そんなわけで、好きな芸能人などを聞くと、一切男性の名前は出ずに次々と女性の名前が出てくるようなサンジではあるが、写真集を買う程にのめり込んでいるのは珍しい。
それも、普通の水着や下着だらけのグラビアアイドルのものではなく、ボンデージという、特殊な部類に入るだろう写真集。

───もしや、実はそういう性癖を持っていたのだろうか。

写真集を眺めながら、ゾロの考えはそんな方面に向かって行った。
女王様に踏みつけられ、罵声を浴びせられて快感を得る、マゾヒスト。そういう人間に出会った事こそ無いものの、ゾロも一応はそういう性癖を持つ者が世の中にいるというぐらいは知っている。

もしかして………。

一度サンジへと目をやり、写真集の開いたページに再び目を落とす。
黒い目隠しをされ、牢屋らしい場で女王様姿のメイリン様とやらに踏み付けられている男。そこにサンジの姿を投影してみる。

「…………………………」

奇妙に似合う気がして、ゾロは無言で本を閉じた。
もしその性癖を隠し切れなくなって、自分に「踏んでくれ!」とか言い出したらどうしようか……などとちらりと考えて、眉を寄せる。
まあ、踏めと言われたら遠慮なく渾身の力で踏みつけるが、女王様役など出来るわけがない。
サンジがそんな事を言い出したら、殴ってでも断ろうと決意したその時だった。

「な、SMプレイってのも面白そうじゃね?」
「断る」

まさに、今までゾロが考えていた不安通りの台詞が飛んできて、即座に断言する。殴らなかっただけ、思考よりは穏やかな断り方だったかもしれない。
そんなゾロの葛藤を知りもしない風で、サンジは笑顔で続けた。
「はえーなオイ! SMって究極の愛の形だって誰か言ってたぐらいだし、意外とやってみるとイイかもよ」
誰の受け売りだか知らないが、そんな事を言い出す。
「アホか!テメェはマゾ気質かも知らねェが、おれにそんなの出来るわけねーだろ!」
「え? マゾ? そんなのって??」
「こ、この写真みたいな……女王サマだとか」
そのゾロの発した言葉に、サンジがぽかんと口を開いた。
「あー…そっちやりたいの?」
「そっち?」
「んー…お前に鞭でビシバシされたり蝋燭垂らされたり、『跪いて靴をお舐め!』みたく罵倒されたりしたら、そらそれで萌えそーかもー…それもまァいいかもしんないけど」
そっかー、そっち希望かーと腕組みしてサンジが悩んでいる。
ぶつぶつと呟く言葉の意味はよく判らないが、とりあえず何だかヤバイと感じたゾロは、飲みかけの酒を持って部屋を出て行こうと立ち上がりかけた。
その肩を押さえて再び座らせ、サンジが耳元で放った台詞は。

「どっちかってと、おれ女王様やってみたかったんだよねー」

…と来たもんだ。
何だかヤバイ予感が的中したらしい。そう感じたゾロは、即座に怒鳴りつける。
「勝手にやってろ、でもこっちは付き合わねーぞ!!」
「…ひとりSMって、すっげー空しそう……」
首を傾げながら「そもそもどーやってやっていいか判んねー」とぶつぶつ言っているサンジ。
しかしそんなのは知ったこっちゃない。とりあえず念を押しておかねばと、ゾロは言葉を続けた。
「いいか、鞭も蝋燭も、ええと…その変な服……」
「ボンデージ?」
「ええいそんなの知らん、とにかくそういう物の類、ぜってェ買ってくんじゃねーぞ! 奇妙な事したら許さねーからな!!」
許さないと凄んでも結局許すくせに、とサンジは思ったものの、そこでは大人しくしていた。
反論が無いので、旦那さんは相手を言いくるめるのに成功したと思い、手元の酒を飲み干すと、
「もう寝る。明日は会議もあるしな」
そう言って、部屋を出て行ってしまった。



テレビのある居間には、サンジ一人が残される。
「無知だよなー。SMって別に鞭や蝋燭や女王サマやるだけじゃないのに」
鞭と無知、ダジャレのようだーと寒いことを続けて呟いたが、誰も突っ込む人はいない。

「お決まりな道具使わないでもSM出来るってこと、教えてやろーかね」



にやりとばかりに笑ったサンジの表情は、完全にサディストのそれだった。


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