「う………いってぇ……………」 目が覚めた途端、額を押さえて呻き出した男に、ゾロは冷たい目を向けた。 「二日酔いだろ。自業自得だ馬鹿、あんなに飲むから…」 「んん………どんだけ飲んだか覚えてない……」 上半身をシンプルなパイプ作りのベッドの上に起こし、わしわしと髪を掻き回したり、眉根を寄せたまま辛そうに頭に手を当てて喋る男───ゾロと同じ大学に通うその男は、サンジという名の友人。 「…あれ? ゾロ何でココに……つーか何でおれ裸なの!?」 自分の体を見下ろし、素っ頓狂な声を上げる。 「うわー全然覚えてねーよ。おれ、誰か女の子ベッドに引っ張り込んだりしてなかった!?」 その言葉を聞いたゾロの額に、ビキッと血管が浮いた。 「ゾロ?」 様子のおかしい、というより瞬時に怒りのオーラを纏ったようなゾロの様子に、一体何事かとサンジは名を呼ぶが。 お構いなしに、目を吊り上げた怒気も顕わな形相のまま、ずかずかとサンジの元へと歩み寄り、 「死んじまえテメェなんか!!!!!!!!」 その耳元で思い切り怒鳴りつけ、ついでにその二日酔いの頭も拳で殴りつけて。 声も無くベッドに葛折れた身体を背に、ドアを叩きつけるようにしてゾロは部屋を飛び出した。 「コンパやるぞー」なんて楽しげに、夕方の講義室で語りかけてきた、昨日のサンジ。 彼とは、入学するとほぼ同時くらいから友人付き合いするようになり、そろそろ一年が経つ。 賑やかな事が大好きで女も大好きなサンジとは、正反対のゾロだった。 だが、サンジといる時間は苦痛ではなかった。妙に気の合う部分も多かったのだ。 ただ、こういう誘いに自分を巻き込むのはやめてほしいと、常日頃から言ってはいるのだが。 別に興味無い、行かねぇと断る自分を無視し、ずるずると引き摺られて行った居酒屋。 男5人、女5人。どうやら人数合わせに連れてこられたらしいと踏んだゾロは、ほとんど喋らずずっと酒を飲んでいた。 賑やかなのが嫌いなわけではないが、こういうコンパの軽々しい雰囲気はどうにも馴染めない。 隣でサンジは、マシンガンのような勢いで喋り倒している。 そうしながらも運ばれてくる酒を他人に注いで、己もどんどん飲んでいて。 多分、隣でハイペースに飲んでいた自分につられたのではないかとゾロは思うが、酒には滅法強い自分とは違い、普通に強い程度のサンジには過ぎた量だったようだ。 結局その場は盛り上がったものの、盛り上げ役に徹していたサンジは、特定の女性とカップルになることは出来ず、二次会のカラオケの後、コンパはお開きとなった。 サンジはエスコート役の根性からか、女性の前ではいつも通りの態度を守り通したが(とは言っても普段から女の子の前ではへらへらしているのだが)、皆と別れた途端ベロベロヘロヘロの酔っ払い人間と化した。 それまで、アルコールの回りきった頭でよくも理性を保てたと、ある意味感心したが、ほっておけずサンジの住むマンションまで送るハメになったゾロとしては、いい迷惑というか、散々振り回された一日になったと溜息をつきたくなったのも仕方ないだろう。 しかし、本当に振り回されるのは、これからだったのだ。 肩にサンジの腕を回させ、引き摺るようにして辿り着いたマンションの一室。 何度か訪れたことはあるのだが、小奇麗で広い部屋には、いつも溜息が出そうになる。 実家がレストラン経営でそこそこ資産があるらしいが、それにしても自分の六畳一間のボロアパートとはえらい違いだ。 そんな事を考えながら、肩に担いだサンジの身体を、部屋の隅に配置されているベッドへと放り投げた。 「いてー…もう少し優しく扱えー」 酔っ払いが抗議の声を上げる。 それを無視して、ゾロは踵を返した。 「ここまで連れてきてやっただけでも、充分優しい扱いだろーが。道端に放り出してきても良かったんだぞおれは…。じゃ、もう帰るからな」 一瞥してドアに向かう足を止めたのは、背後からのサンジの声。 「…帰るなよ、ゾロ。ここにいろ」 それまでの浮ついた、完全に酔った声音とは全く違う低い声。 若干驚いたゾロは、何故か緊張が走るのを感じながら、足を止め振り向いた。 「サンジ?」 「…………水持ってきて」 ゾロの問いかける声に、暫しの沈黙を返した後発した言葉。 それを聞いて、ゾロは緊張を解いた。 ────何だよ、具合が悪いだけか。 切実な響きを含んで、自分を呼び止めたのは。 それだけの理由だったのだ。 …何を一体緊張していたのだろう。 自分の心情が判らず、もやもやとした何かを胸に抱えたまま、ゾロはサンジの元へと、水を汲んで持って来てやった。 サンジの腕が、コップを持つゾロへと伸びる。 「………!?」 水を差し出した右手を掴まれ、引き寄せられた動きに、掌からコップが落ちた。 ベッドの脇に転がり、絨毯を濡らす液体に思わず目を向けてしまったその一瞬の後、 「サンジ!?」 ゾロは、強制的にバランスを崩されていた。 背に当たる衝撃。それは柔らかいものであったが、瞬間息が止まった。 衝撃によるものではなく、驚きがほとんどの原因ではあったが。 見下ろすサンジの顔と、その向こうに白い天井が見える。 ベッドに組み敷かれているのだと理解したが、サンジの意図が掴めず、ゾロはただその逆光で影を濃くしている顔を凝視した。 ほんの数秒の沈黙と空白。 混乱する頭でゾロは、 「水……」 床に零れた水を何とかせねば、早く拭かねばなどと考え呟いたが、サンジは意に介せず、ゾロだけに視線を向けている。そして、呼びかける声が上からかけられた。 「なあ」 「……何だよ」 「おれ、お前が好きだ」 何を突然、馬鹿げたことを、と。 笑い飛ばす事も怒鳴りつける事も出来なかった。 聞いた言葉にどう対処していいか判らず、無言のままのゾロの唇へと、ゆっくりと。 「………ぅ……」 サンジの唇が降りてきた。 鼻腔へと届くアルコールの匂い。 相手は酔っ払いだ、とふと脳裏を掠める思考。無意識のままに、圧し掛かる身体を押し退けようとしていたが、手首を取られ、柔らかい寝具へと押し付けられる。 ふざけるな、と止めさせるのは簡単な筈だ。 なのにどうして。 「………きだったんだ…」 ずっと、─────と。 そんな言葉ひとつで動けなくなるのか。 唇を合わせたままの近すぎる視線に耐え切れず、瞳を閉じてしまうのか。 抵抗も碌にないままのそんな行為は、了承と思われても仕方ないと判っているのに。 |