「…っ……く」 下肢から、湿った音が響いている。 その水音と、己の唇から漏れる荒い吐息、そして堪えきれない喘ぎが耳に煩い。 羞恥に焼け付くようで、せめて声だけは押さえようと、枕へと顔を押し付けるのだが。 「ッあ…!」 そんなゾロの心理を見透かすかのように、熱い脈動に内壁を深く抉られて、どうしても嬌声が上がってしまう。 制御出来ない身体に歯噛みしても、もはや主導権を握っているのは、背後から圧し掛かり自分を征服する、その男だった。 「サ、ン……ジ…」 無意識に、名を呼ぶ。 回せない腕の代わりに、縋るように。 一生、同性相手の性行為なんて縁が無いと思っていたが、今自分は確かに、友人付き合いしていた男のこんな行動を享受している。 混乱したままの思考は、それでも何故か嫌悪感に支配される事はなかった。 それどころか、苦痛を感じつつも確かに、今まで感じた事のないほどの快楽も湧き上がって意識すら飛びそうになる。 「ゾロ……」 呼ばれる声を、心地良いと感じ反応してしまう。耳元に囁かれる度に震える肌と、熱くなる体温は、サンジへも伝わっているだろう。 サンジの声も腕も熱も全て、自分を煽り狂わせている。 もっと欲しいと望むのは、もはや身体だけではなく心までもだ。 己の意思で。より深い接触を求める。 結局、そういう事なのだろう。 受け入れる意思が無ければ、成立し得なかった行為だ。 時間をかけて開かれた下肢は、熱を孕んでサンジを受け入れている。 挿れられる瞬間に衝撃で放ち、濡れそぼっていた自身は、後ろから回されたサンジの掌に包まれ、絞るように愛撫されていた。 「あ、ッ……ぁ…!」 快楽の波が神経を舐め上げてゆく。二度目の絶頂が近いのが判る。 枕に押し付けた顔がどうしようもなく熱い。流れる汗や堪え切れなかった涙が、布地に染み込んでいくのを、その熱い頬に感じていた。 自分だけが翻弄されているようで情けなくなるが、アルコールを過剰に摂取しているサンジの頂点はまだ遠いらしく、余裕のあるままに自分の中でゆるやかな動きを繰り返している。 それが悔しいと思った。 だがそんな意識やプライドも、サンジに名を呼ばれ、揺さぶられ、背後から耳や項に唇を落とされる度に、霞んでゆく。 組み敷かれ接吻けた時のように、また掠れた声で好きだと囁かれて。 中でサンジが弾けたのを感じた途端、ゾロも絶頂へと導かれていた。 そんな一夜が明けて。 疲れているのに神経が昂ぶり、あまり眠れなかったゾロは、身支度を整えてサンジの寝顔を見ていた。 そして目覚めた男の第一声が、アレだ。 相手を思わず怒鳴りつけ殴り、飛び出したマンションの帰り道。 楽しくもないコンパなどに引き摺り出されたり、突然の告白で心を揺らされたり。あまつさえも身体まで好きにされて。 無理に犯されたわけでもないし、逃げなかった自分にも非はあるのだろうが、納得行く筈がない。 その腕に自分を失いかけるほどに翻弄されて、あんなにも乱れさせられたというのに。 苦痛も快楽も、その手で全て引き摺り出され昂められて。 言葉には心を乱された。 なのに、目が覚めたら全てを消し去る気か。 翻弄されるのは、結局自分ばかりなのか。 身体の奥にまだ残る鈍痛も、混乱も怒りも、情けなさも。 泣きたいような不安定な感情までも。 全部サンジのせいだというのに。 振り回されて振り回されて、それでも自分は結局許すのだろうか。 何も覚えていない相手と、これから何も無かったように。 どうしていいか判らないまま、辿り着いた自分のアパートで、敷きっぱなしだった布団に丸まった。このまま眠ってしまおうと思った。 眠って全て忘れてしまったサンジを見習えたらいいのに。 などと考えつつ瞳を閉じた、その時。 唐突にチャイムが鳴った。それと同時に、自分の名を呼ぶ声も聞こえる。 薄いドアを通して、はっきりと。 今一番聞きたくないその声。 「ゾロ、入るぞ」 鍵をかけなかったのは失敗だったと舌打ちしても遅い。 ガチャリとドアの開く音が響き、ドアが開けられる。つられてゾロも目を開ける。 狭いアパート内では、もうそれだけで近くに姿が見えてしまう。 少しバツの悪そうな表情をしている、金の髪の男。 「…………」 少し離れた玄関に立ち尽くしている男を、ゾロは無言で布団の中から凝視していた。 何事も無かったかのように「二日酔いは大丈夫かよ」とか「何しに来た?」と話しかけるべきだと思うし、そうしたいのだが、声が出ない。 決心したように一旦俯いて顔を上げたサンジが、先に口を開いた。 「あのさあ……」 「………………」 「殴られて、思い出した」 立ち尽くしていた玄関から漸く靴を脱いで室内に上がり、距離を縮めながら言われた言葉に、ゾロは目を見開いて上半身を布団から起こした。 ────思い出した? 気づけば、サンジの姿はもう手を伸ばせば触れられる程近くにあって。 自分を見ている。 忘れていたから、どうしようかと思い悩んでいた。憤って殴ってもやった。 だけど、思い出されたら、それはそれでどう対処していいのか判らない。 何か言わなくてはと思いつつ出来ず、目線すら合わせられなくなり、俯いてしまう。 そこへ。 「……間違った事、言ってねーから」 真剣な声が耳に届く。 ごめん、と小さく呟く声も。 自分に向かい、しゃがみ込んでくる気配。相変わらず上げられず俯いた視線の先にあるサンジの爪先を見ていたゾロだが、吐息すら感じる程に接近してくる気配だけは感じていた。 「怒っても呆れてもいーぜ。酒の力なんかで、普段抑えてたのに全部出しちまったし。おれン中の───本音とか」 心の中の真実だというならば、起きた時に覚えていないのは最悪だろう。 こんなにも腹が立つのに、何故跳ねつける事が出来ないのか。 「ゾロ」 名を呼ばれる。 耳元で、昨日と同じ響きの声で。 …顔を上げたら、もう一度殴ってやろう。 そんくらいは、こっちにも権利があるだろう。 話を聞くのはそれからだとばかりに、ゾロは拳を握り締めた。 今まで抑えていた心を吐露し、甘く抱き寄せる腕を振り払われずにいたサンジが、腫れた顔に満面の笑みを見せるのは、それから間もない未来の事だった。 |
H−Sheepのまつやま綾乃さんが2002年に発行された
ご本、「E・R・O」にゲストで書かせて頂いたものです。
オチがどーもなあ…; 中途半端ですみません;
盛り上げられない自分の技量に泣く…
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