「どーいうつもりなんだ一体!!!!」 「だってさー;;;;;;」 ロロノアさんちから聞こえてくる、どなり声やらがなり声やら。 犬も食わない夫婦喧嘩という代物だ。 そう、若きサラリーマン、ロロノア・ゾロには、これまた若き奥さんがいたりする。 天下無敵の押しかけ女房(といっても男だが)、サンジ。 痴話喧嘩など日常茶飯事の二人だが、今回はちょっといつもと様子が違った。 大抵喚いてるのは奥様サンジで、その内容は、やれ旦那さんが自分に構ってくれないだの、やれ同僚のルフィと仲が良すぎるアヤシイだの、子供っぽい嫉妬やら我侭やらで。 それをあしらう旦那ゾロという図式が今までは繰り広げられていたものだが。 今回は違う。 喚いてるのは旦那さんの方だ。 勿論理由がある。 いきなり、某テレビ局バラエティ番組のプロデューサーとか名乗る男がやってきて 「ご夫婦揃って、うちの番組の企画へのご参加、ありがとうございます!」 なんてのたまったのだ。 旦那さん、晴天の霹靂。 呆然としてる間に部屋にスタッフ達がぞろぞろ入り、小型カメラやらマイクやらを仕掛けはじめるではないか。 ゾロには何が何だか判らず、とりあえず止めようとした所に電話が鳴り、出てみると、何と自分が勤める会社、グランドラインカンパニーの社長、ゴールド・ロジャー氏直々の電話で。 「テレビ番組への出演が決まったらしいじゃないか、ロロノア君」 「し、社長!?」 「テレビ局からおれに話があったぞ、面白そうだな、応援するぞ。一ヶ月も君が休むのは残念だが…まあ、ミホークも目をかけている君の事だしな。一ヶ月後に職場に復帰してからでも、あっというまに仕事の遅れも取り戻せるだろう」 「はあ!???」 「ああ、テレビに出ている間、うちの会社のPRも忘れずにな。カメラの映る位置に会社のポスターを貼っておくとかな。いろいろ工夫するんだぞ」 そう言って豪快に笑う。 何の事やら、やはりまだ判らないゾロは、とりあえず後でまた掛け直しますとだけ言い、話を切った。 そしてプロデューサーとやらに詰め寄る。 「一体何の事なんだ!!!???」 きょとんとしたプロデューサーに、傍にいた奥様ことサンジがひとこと。 「えーと……すみません、まだ主人に説明してなくてぇー……」 そんな事があったのが数時間前。 とりあえず旦那さんを説得してくれと、プロデューサーとやら達が一旦退出し、二人だけの部屋で。喧嘩になった訳である。 額に青筋立てているゾロに、サンジが説明した所によると。 サンジが好きな「炎の黄金伝説!これが出来たら100万円!!」という、ベタなタイトルのバラエティ番組に、夫婦が一ヶ月一万円のみで生活をするというチャレンジ企画があるのだが、これに、「当たる訳ない」と思いつつ、応募したのが数週間前。 ところが。 法律で認知されているとはいえ、まだ珍しい同性夫婦、更に応募条件で写真を同封していたのだが、それがまた並以上どころか、一般レペルを遥かに越える、上級のルックスなカップルと来ていた物だから。サンジの予想に反してすんなり選考されてしまって。 こーいう事になってるわけである。 「何だってそんなもんに応募するんだ!!!!」 「だってさあっこの企画って主婦達の憧れの的なんだぜ。出るカップル皆めちゃめちゃ仲良い夫婦ばっかだしさー…。これに出たら『おれたちラブラブですv』って世間に自慢してるようなもんだしー。そ、それに賞金も出るんだぜ。一ヶ月一万円で生活出来たら賞金一人100万で二人で200万、プラスハワイ旅行………」 じろりと旦那さんに睨まれて、語尾がどんどん小さくなりながらも説明する。 「それにまさか当選するなんて思ってなかったし……」 ご近所の奥さん達と、話題作りくらいのつもりで、皆で応募してみたのだ。 まさか当選するなんて。 しかし、そう思いつつも、当選したらやはりチャレンジしてみたいではないか。 と、サンジはぼそぼそと主張する。 「おれは別に出たくねぇよ。会社にまで根回ししやがって……」 「おれじゃねーよ…プロデューサーサンが、何だかあっというまに」 さっきの電話から察するに、「おたくの社員一ヶ月借ります」みたいなカンジで、プロデューサーとやらが既に話を付けていたらしい。全く手が早いというかなんと言うか。 会社を一ヶ月も休ませるなんて無茶苦茶だと思うが、毎日出勤するだけでも、諸費は確かに色々とかかる。昼食代だの何だの、全く金を使わないという訳にはいかない。 一ヶ月たった一万円で暮らすなら、会社勤めとはいえマイナスなのは、判るには判るが。 だがしかし、そう簡単に長期休暇が許されるのも悲しいものがある。 確かに自分は平社員で、そんなに重要な仕事はまかされてはいないのだが。 まあでも社長は、こういう変わった事が大好きなタチだし、うまくすれば会社の宣伝にもなると踏んだのだろう。随分乗り気だったと、さっきの電話をゾロは思い出す。 「まったく……」 溜息をつく。 既に社長の耳に入ってるとなると、会社中に伝わるのもあっという間だろう。 テレビに出て、自分達の生活が暴露されるなんて、はっきり言って冗談ではないと思う。 だが、会社ぐるみの応援を蹴るとなると、少々厄介かもしれない。 まさかクビになったりはしないだろうが。いや、別にクビになろうと構わないといえば構わないのだが。 …自分ひとりならばな、と、隣で不安そうに自分を伺っているサンジに目をやる。 (ああもう………) 自分だけが路頭に迷うならば、別に何も不安などない。だが、何だかんだ言っても「自分一人ではない」という思いがあったりする。伴侶としての存在がある以上、いい意味でも悪い意味でも。 頭を抱えて黙り込んでしまったゾロを眺める。 プライベートを晒すのは嫌いな男だと知っているし、ましてやテレビで全国に自分の姿が流されるなんて、もっての他だろうなと、サンジは思う。 (やっぱ仕方ないか…) さすがにこれは自分の我侭を通す自信は無い。企画に参加したら、ゾロに色々と気苦労をかけてしまうのは目に見えている。 …諦めるのが懸命だな。元々説得できるとはあまり思ってなかったし。 そう思い、それを伝えようとした瞬間。 「……やるからには絶対成功させるからな」 「は?」 ゾロの言葉に、思わず問い返す。 「成功させるっつったんだよクソコック。せいぜい食費を浮かせて節約メニュー考えるんだな」 「え、と、つまりそれって挑戦していいってコトか???」 「それ以外にどー聞こえるってんだ」 「えー!!マジ!?」 喜ぶというより、驚愕している様子のサンジの横で、憮然としているゾロだが。 彼には彼なりの考えもあったりした。 元々サンジは、ゾロの勤めている会社の近くにあるレストラン「バラティエ」の副料理長で。 一流の味の割に庶民的な値段で人気のそのレストランは、グランドラインカンパニーの接待にもよく使われる場で。ゾロも何度か足を運んだ事があった。 そこでゾロはサンジに一目惚れされて、気づいたら騙まし討ちのような勢いで結婚までしてしまっていたのだが。 ゾロと結婚すると同時に、サンジはバラティエを辞め、完全に家庭に入ってしまった。 サンジの料理に対する情熱は知っていたし、別に店を止める必要はないとゾロは言ったのだが、サンジ曰く 「別に完全に止めた訳じゃねーよ。クソジジイには、長期休暇&修業って言ってあるし」 「修業?」 「今までおれに無かった『家庭の味』ってやつを勉強しよっかなーってね。あと今は、誰よりお前の為だけに料理したい気分なんで」 たった一人の好きな人間の「食」すら満足させてやれないようじゃ、コックとしてはやっぱ不完全だと思うんだよなーなんて笑いながら言っていた。 サンジは本当に、ゾロのみに尽くしたい気分だっただけなのだ。 しかし。実はゾロにはゾロなりの、負い目に近い感情もあったのだ。 この社宅の小さなキッチンじゃ、収納スペースも少なく、家には最低限の調理用具しかない。 キッチンの性能だって、料理人として満足のいくものではないだろう。 そして勿論サラリーマンの給料では、食材だって、バラティエのようにいい物を毎日用意できる訳も無い。 節約なんて、テレビ企画に頼らなくても毎日しているはずなのだ、サンジは。 ゾロには言わないけれど。 毎日食卓に並べられる料理は、豪華で味にも満足の行く物ばかりだが、注意してみるとうまいこと食材を無駄なく使ってるのが判る。いつだったか、にんじんの皮が置いてあったのでゾロが捨てようとしたら 「あー待て!皮だって食える!今晩はそれできんぴらだ」 などと言われた事もある。 朝、ゾロが出勤ついでに捨てるゴミにも生ゴミはほとんど無い。あれだけ食材を使っているというのに。 はっきり言って、奥様雑誌に取り上げられてもおかしくないくらいの、倹約主婦状態なのだ。 が、しかし。 元は一流シェフなのだ。あれでも。 本来、もっと沢山の人間の為に腕をふるうべきでは、と未だにゾロは思っている。 事実、サンジが店を止める際は、贔屓の客達(かなりのお偉いさんも多くいたらしい)が随分泣いて引きとめたとか何とか。 そんな腕前を、思う存分振るわせてやれない生活状態(いや別にそんなに凄まじい貧乏という訳でもないが…)。 本当は、サンジもバラティエに居た頃のように、自由に料理したいのではないか。 ゾロは実はそんな風に思っていた。 だから、企画に成功した際の200万という賞金は、魅力といえば魅力だ。 狭いキッチンはどうにもならないが、多少の調理用具と、贅沢な食材くらいはしばらく買えるだろう額。 生活が世間に暴露されるのはどうにも居心地悪いが。 それも一ヶ月の辛抱だし。 「な、ほんとにいいの? 多分大変だと思うけど……カメラあるし」 「ああ、だから」 「ん?」 「アレは禁止」 本当に了承取れたのか確認するサンジに、ゾロはきっぱりと言った。 「…一ヶ月は駄目だからな」 「アレって………」 何の事を言われてるか判ったサンジの顔色が、途端に真っ青になり 「えーーーーーーー!!!!」 抗議の悲鳴が上がる。 つまりゾロは、一ヶ月の間、性生活を控えろと…いや、控えろではなく完全な禁止令を出してきたのだ。 「えーじゃない。カメラある所でなんかやれるかアホ」 「そりゃない! あ、さっきのプロデューサーさん、夜の「夫婦の時間v」は、寝室のカメラのスイッチ切ってイイって言ってたぜ」 「切らない。やろうと思えば、その間にズルだって出来るじゃねーか。疑われるような事はしない。やるなら堂々と胸張って賞金を取れるようにする」 こンの、クソ真面目!と頭の中で罵りつつ、何とか宥めなくてはと慌てるサンジ。 はっきり言って、結婚してからほぼ毎晩、それも下手すると一晩に何回も(そりゃもう、旦那さんが「もう勘弁してくれ」と泣き入るくらい)営んでいた訳で。 念願の愛しい人との結婚、加えて若い有り余る体力で、ゾロにはちょっと悪いかなーと思いつつ、思う存分その身体を堪能しまくってた日々。 それを急に禁止だなんて。 (一応明記しときますが、奥さんは何故か奥さんなのに、突っ込む側、つまり攻ですので、ご理解の程を。) 「それに、いちいちスイッチ切るごとに、テープ編集する奴らに「こいつらこの時間ヤってたんだな」ってバレるだろーし。おれ嫌だからなそんなの」 今までのサンジとの夜の生活を考えると、ほぼ毎日に近く、それもかなりの時間スイッチを切る事になる。 頻度も時間も、スタッフにはバレバレになってしまうだろう。そんなのはごめんだ。 言い返せず、口をパクパクしているサンジを尻目に、ゾロは断言した。 「約束だからな!」 何はともあれ、こうして節約生活は始まった訳である。 「……げ!」 請求書を見て、サンジがひしゃげたよーな声を上げた。 「ガス代、すげえ来てる………」 節約生活三日目。 特別に、電気代だのガス代だの水道代だのを毎日測定出来る機械を取り付け、一日ごとに、算定して代金を次の日に徴収される。 その明細を見て、ガス代の高さに、二人は驚いた。 「やっぱ昨日の風呂がまずかったかな……」 洗濯も皿洗いも、水しか使用していない。ガスを使ったのは、料理の時と、二日目に入った風呂だけ。 一日目は風呂には入らなかった。ガス代節約の為、風呂は二日に一回と決めたのだ。 まだそんなに暑い季節ではないし、汚れたら濡れタオルで拭くとか、色々方法もある。 そんな訳で、一日目のガス代の請求は少なかった。 しかし、二日目。 二人で交互に入った風呂は、それでも大した時間ではなかったはずなのに、かなり予想を上回る額の請求書が来たのだ。 「…これじゃヤバイな。一万越えるぞ」 ぼそりと言ったゾロに、しばらく考え込んでたサンジが言った。 「二人で交互に入るから、お湯の温度維持すんのとか、シャワーとかで金かかんだよな、つまり…」 ここでゾクッと嫌な予感が背筋を走ったゾロだが、その予感は的中する事となる。 「一緒に風呂入れば節約になる訳だな!」 「嫌だ」 嬉しそうなサンジの言葉に、Noを即答断言する旦那さん。 「んな事する位なら風呂になんか入らねぇ」 「そりゃーいくら何でもヤバイっしょ。テレビ流れるし、全国で「不潔君」て言われちゃうぞ」 「……台所で身体も髪も洗う」 「無茶言うなって。まー洗うくらい何とか出来るかもしんねえけどよ、台所には普通にカメラあるし、全国にヌード晒す気なら別だけどね……」 「…………」 サンジの言い分は判る。節約の為だと言うなら、二人一緒に入るのが一番金はかからないだろう。 …しかし。 だがしかし! …………『全国に全裸が晒される』のと『全国に、風呂に一緒に入る夫婦と認知される』のとでは、果たしてどちらがまだマシな恥なのだろうか………。 頭を抱えたいゾロに、じゃあ明日は一緒に風呂な♪と嬉しそうな声がかかる。 (一ヶ月の辛抱だ、一ヶ月の………) どんなに恥だろうと、一度やると言ってしまった以上、とことんやるしかない。 それが節約だというなら、一緒に風呂だろうと……。 変に律儀な旦那さんは、悲壮な覚悟を決めた。 |