悪魔の実の能力者だの何だの、世の中には常人とは違う力を持つ人間がいる事くらい知っていた。 身近にも約一名、すげえのがいるし。 だけどそれはあくまで他人事で、自分は常人の範囲にずっといたんだけど。 (あ?誰だ「嘘つくな三刀流」とかツッコミ入れてる奴は) 超能力とかいうもの。 これは多分そんなのなんだろーな……。 突然身についてしまった能力。 ある一定の距離内に近づく他人の、心の声が聞こえてしまう。 聞きたくなんかないってのに。 ……はっきりいって、かなり要らないぞこんな能力……。 きっかけは多分、こないだの嵐の時、海に落ちかけたルフィを助けようとして、思いきり引き上げた反動で、甲板に頭をぶつけた事だと思う。 あれ以来だ、こんな風になったのは。 衝撃で目覚めた第6の感覚ってか。 映画や小説じゃあるまいし。…いや、あんまり安易なネタすぎて、映画や小説なら原作者が呆れられるんじゃなかろうか。 …まあいい。こんな風になっちまったのは仕方が無い。 おれに出来る事と言えば、できる限り他人に近づかないようにして、心を読み取るなんて、ある意味卑怯な事をしないよう心がけるだけなんだけど。 それでも、まさか近づいてくる仲間をアカラサマに避ける訳にもいかず、何だかんだで、聞こえてしまう、相手の心の呟き。 いっそ周りに打ち明けようと思ったんだ。こんな風になってしまった事。 こんな能力を持ってしまったから、出来るだけ近づかないでくれ、と。 でも遅かった。 おれが予防線を張る前に、聞こえてしまった。 気づいてしまった。 あいつの………サンジの、心。 ……お前、ナミが好きなんじゃなかったのかよ…というよりむしろ女全般何でも来いのラブコックだろが。それもどうかと思うが。いやそんな事どーでもよくて。 何で、おれの事を好きだとか思ってんだよ……途方に暮れるぞオイ……。 仲間に、それも男に惚れられてるというのも衝撃だが、相手が心に秘めたまま、伝える気が無い、むしろおれに絶対知られたくないと思ってる事まで「聞こえて」しまったから困る。 今更、「お前らの心読んじまった」なんて言い出したら、サンジのプライドも粉々だろう…。 結構思い詰めるタチみたいだから、ショックの余り船を降りかねない。 で、言い出せなくなった。ルフィお気に入りの、船の料理長(といっても一人きりのコックだが)をおれが失わせる訳にはいかないだろう……。 ああもう、マジで一体どうしたらいいんだろう。 「おい、そこのクソ剣豪、また食わない気かよ」 甲板で一人で酒を飲んでいたら、近づいてきたラブコック。 「それ以上近づくな」 「ああ? ふざけんなよ」 ずかずかと、俺の「聞こえる距離」内に入ってきやがる…。近づくなって言ってんのに。 まあこいつが聞くわけもないが…。いっそ「おれは伝染病で空気感染で菌が移る」とでも言ってやろうか。 …駄目だ、こいつはともかく、チョッパーまでは誤魔化せない。 「最近キッチンで飯食わないだろ。寝る時も皆と離れて、甲板で寝てるよな。何だ 突然孤高の人間気取り始めたか」 「…そんなんじゃねぇ……」 皆の近くに居ると、嫌でも「聞こえて」しまうから。どうしても居づらい。 いや別に、皆の内面が実はドロドロしているとか、勿論そんなんじゃないが。あいつらは心の中までいい奴ばっかりだ。 …そんなやつらの、心を無断で覗いている罪悪感に苛まれて。 ルフィは、言葉や態度で表す通りの、単純で実直で豪胆な内面の持ち主。 心の中身も、常に前向きで、安定している。…聞こえてくる心の声まで「腹減ったー」「メシー!」「肉ー!!」っつー事が多いが; どういう胃袋してんだろうあいつ。 ナミは、ずる賢い所もあるけれど、性根は真面目な女だ。常に船の進路、天気などに心を配っている。 …心の中でも、金勘定は忘れていないようだが。 でも仲間の様子にも実はとても心を配っていて、おれの様子がおかしいのも、何となく感じている。 ……この女にだけは、打ち明けるべきかもしれないな。でもやはり今更打ち明けるのも怖い相手ではある…。 ウソップは、嘘をつきつつも、心は純粋で真っ直ぐで。何かというと新しい武器の発明をしようといろいろ考えていて。 海の戦士になるという夢に燃えながらも、時々故郷に思いを馳せている、言葉に出さないけれど寂しがりな面も持っている。 ビビは、気丈に振舞いながらも、やはり常に故郷を心配していて、不安と戦っている。 でも、それを表に出す事は少ない。こんなにも健気な女だってのは、「聞こえる」ようになって初めて知った。 チョッパーも、まだ慣れない船で、周りの人間を理解しようと努め、臆病な自身を叱咤しながら溶け込もうとしている。常に周りの人間の健康状態も測っている。 …てな具合で、全部聞こえちまうんだよ。 嫌でも耳に入ってくる、心の言葉と感情。 何より、サンジ。お前の心が、判るのが凄くヤバい。 近づいてきてこっちを睨みつけてる男。口では偉そうな事言ってるくせに、実はおれの事を心配していたりするのが、判ってしまう。 『何で、皆の所にこないんだよ』 『何で一人でいたがる?』 『飯もあまり食わない。身体の調子でもおかしいのか?』 『前の傷が治らないとか、悪化したとか』 …おいおい。お前はおれの母親かよ…。思わず「悪かった」と謝りたくなる。 「明日はちゃんと、皆と飯食えよ! いいな!!」 その言葉に、渋々頷く。その途端、こいつが、顔に出さずに安堵する。そんなのまで筒抜けだ。 「おれにもちょーだい」 「んあ?」 突然サンジが発した言葉に、何のことやら判らず、聞き返す。 「その酒。お前だけのもんじゃないだろ?」 指差したのは、今おれが手に持っている酒の瓶。 港町で、サンジが買ってきた酒のうちの一つだ。勿論、船の皆が飲む為の物。 まあ大抵、おれが一人で飲んでるんだけど…。そのせいか、ちゃんとおれの好みに合わせた物が多い。瓶から無くなりかけてる、この酒もその一つ。 「……ちょっとしか残ってねーぞ」 と、瓶を渡す。グラスなんぞ持って来てないから、サンジも直に瓶から飲む。 ちょっと嬉しそうな顔は、酒が飲めたからだけではなく。 『うわー…間接ちゅーだ』 …がくーっと身体から力が全部抜けそうになるのを、何とか踏みとどめる。 アホかてめぇは!! なんつー事考えてやがる…。 サンジが、おれに惚れてるなんて。 はっきり言って、初めてそれを知った時は愕然としたし、思いきり引いた。勘弁してくれと思ったもんだが。 そもそも何で、自ら「女好き」を吹聴するサンジが、おれの事を好きなんだ? しかしどうやら、その理由はサンジ本人にも判らないらしく、しょっちゅう『何でおれはこんな奴が好きなんだー!?』という心の絶叫が聞こえてきて五月蝿い。 こんな奴とは何だ。本当なら叩き斬ってやりたい所だ。 でも。 知ってしまった。 こいつが、サンジが、どんな風におれを好きなのか、とか。 こっちがくすぐったくなるくらい、大切に想われている。 何も言うつもりはない。だけどせめて、傍に居られたら、と。 そして、見えてしまう心は、あまりに臆病で。 知られる事を怖がっている。万が一バレたら、おれに拒絶されて、傍に居る事すら出来なくなるだろう、と。 自分の想いすら引け目に思って。痛みすら感じるくらい耐えている。黙したまま。 秘め続ける、伝わらない恋ってか。想い続けるだけの。 今時、物語でもそんなの流行らないぞ。 ただ、それでもやはり、この年代の「好き」という気持は、どうしても純粋なものだけでは収まらないみたいで。秘めた想いの中にあいつもジレンマを持っている。 …驚いたのは、あいつが、おれに対して…えぇと、なんつーか…抱きたいとか…そういう気持を持ってるって事だった。 あれは、何日か前。おれがやはり一人で甲板に寝ていて。 サンジが起こしに来た時。寝ぼけてぼんやりあいつを見上げていたおれの耳に「聞こえた」心。 『無防備すぎだコラ…』 『こっちの気も知らないで。畜生…』 その時の、あいつの心のビジョン。寝ているおれに、接吻けて、抱き締めて、それから……。 あいつの心が、その時確かに思い描いた行為。勿論実行される事は無かったが……。 驚いた。 寝ぼけていた頭も、一気に覚醒した。飛び起きたおれを不審そうに見るサンジの顔を、しばらくまともに見る事が出来なかった。 同性に憧れる気持は判る。 おれも、ルフィや鷹の目に、恋愛感情よりも更に強い憧憬の気持があるように。 サンジのおれに対する気持も、その延長線上のものかと、最初は思ったんだが、違った。 本物の恋愛感情。普通なら女に対して持つ感情。 おいおいちょっと待ってくれよ……。何でおれにそんな感情持てるんだ…。 同じ男で。自分で言うのも何だが、あいつより余程男らしい外見と性格してると思うんだが。誰がどー見ても。 体格だっておれの方が全然良い。あいつは長身(でもおれより少し低いが)だが、華奢な身体付きしてるし。 柔らかそうなプラチナブロンドの髪も、海で育ったはずなのに何故か白い肌も、タレ目でニヤケ系だが妙に整った顔も、どこか中性的で。 あいつが女なら話は早いんだけどな、などと、ありえない事考えて溜息が出そうになる。 女相手なら、恋愛感情持たれたとしてもこんなに混乱しない。 どうしよう。 どうしたらいいかなんて。 多分こっちも黙ったまま、今までのままでいるのが一番いいに決まってる。 だけど。 あんな痛みを伝えられて、知ってしまって、おれは黙っていていいのか。 わからなかった。 |
改装前のくまにゃんでも未完だった話のひとつ。
この頃はまだビビちゃんが仲間で
ロビンちゃんがいなかった……懐かしい。
良かったら完結までお付き合いくださいm(__)m
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