「すっかり遅くなっちまった……」


今時珍しいのではないかと思う程、古びたアパート。
その一室のドアの鍵を開けながら、ゾロは呟いた。
既に陽は完全に落ちて、街灯も少ない周辺を闇が包んでいる時刻。

くいなとの稽古に熱が入り、気付けば随分と遅い時刻なってしまっていた。
扉を開け、中に入る。
色々と事情が重なり、このアパートで一人暮しをする事になって、そろそろ一年が経つ。
古く狭い部屋だったが、特に不満も無く暮らしていた。

扉を閉め、暗闇の中の狭い玄関先で靴を脱ぐ。
その時に、気付いた。


─────誰か、いる。


暗闇の中に、何者かの気配がある。
一人暮しのこの部屋には他に誰もいない筈。訪ねてくる友人などの予定も今日は無い。
鍵を閉めて出たこの部屋に、他人が居る筈が無いのだ。

(泥棒…?)

だったら何も、こんな貧乏じみたアパートを狙う訳が無いと思いつつも、勝手に鍵を開けて待つ知人を持った覚えも無いので、その不穏な気配は歓迎できるものの筈は無く。ゾロが警戒するのは当然の事だった。
腕にはそれなりに覚えもあるので、少し玄関から進んだ所にある電気のスイッチを入れ、気配の持ち主と相対しようと考えたが、部屋から漂う常人とは思えない程の、あまりに不穏な気配に、僅かながら怯む気持もあった。
相手の正体が全くわからないだけに、その実力も計れず、とりあえずすぐ後ろの扉を開け、部屋から一旦脱出して態勢を立て直そうと考える。
暗闇の中で待ち伏せされているという予想外の行動に、ふいをつかれた分、こちらに分が悪い。向こうが何か罠を仕掛けていないとも限らない。

気配に背を向けないまま、背後に手を回しドアノブを掴み、回す。
たったそれだけの、数秒ともかからない間に。

「………………!」

先の部屋に在った気配が、ゾロの間近へと接近していた。
(速い………!)
油断などしていなかったのに、気付くとその「気配」は、間近に迫る「実体」となり、ノブに掛けた腕を抑えていた。
人間のものとは思えぬその速さに、ゾロは驚愕する。
ノブの回った扉を押し開き、外に飛び出すまで、ほんの一瞬で済む筈だったのだ。
それなのに、まさか自分が遅れを取るなんて。
「うわッ!!」
腕を強靭な力で引かれ、玄関から先の部屋まで放り出される。
床にうつ伏せに倒れ、崩れた体勢を即座に立て直そうとするが、それより速く背中を押さえ付けられた。
恐らく、片膝を乗せられただけだと思われる、背の感触。
なのに、全く動けない。
普段なら、簡単に跳ね除けられる筈なのに。

(何だよ、これ………)

床から浮かせる事すら出来ない身体に驚愕する。
何もかもがおかしい。
己の思い通りに動かない身体も、背後に感じる気配も、この慣れ親しんだ自分の部屋とは思えない、澱んだ空気の暗闇の空間も。
(暗闇………)
そうだ、それも妙だとゾロは思う。
時間が経てば、目は暗闇に慣れ、周りに在る物の造形を捉える事が出来る筈なのに、未だに視界は墨をぶちまけたような暗黒のままだ。
何とか首を背後に回し、自分を押さえ付ける者の正体を確認しようと思うのに、闇の中で、その姿形を視界に捉える事すら出来ない。

「……ッ、てめェ一体何者だ!?」

動けないまま、叫ぶ。背後から強く肺の辺りを押さえ付けられている為、潰れたような、苦しげな声しか出せなかったが。
その問いに返事は無かったが、背後の気配が動いた。
今度はその手で、その指先で、首筋をゆっくり辿る。

(…………殺される…?)

そのまま喉を締められるのかとゾロは思った。
一体何故。
やはり物盗りか何かで、突然帰ってきた部屋の主を始末する気なのか、それとも誰かに恨みでも買っていたのか。
思わず抵抗出来ない身体を竦ませ、それでも何とか身の自由を取り戻そうと、ゾロは全身に力を込める。
しかし、その行動を嘲笑うかのように、背後の手は動く。
首筋から背筋へ。
その悪寒に、ゾロが身体を震わせた瞬間、手が前へと回された。
「…………っ!」
首筋から喉仏へ、そのまま鎖骨へと滑る、冷たい指先。
それが、そのまま衣服の下へと潜り込んでくる。
ふいに、ゾロの背に乗せられた相手の足が退けられる。その隙に逃れられないかと足掻くが、やはり動作は自由にならない。
神経だけは鋭敏に相手の感触を伝えるのに、抵抗がままならない。

「やめ…ろ」

指先が、その意図を伝え始める。
素肌へと絡み、胸の突起を擦り、神経を撫ぜ刺激する。
「やめろっ!!」
次の瞬間、衣服が引き裂かれ、ゾロは息を飲んだ。
背後に覆い被さってくる相手の目的を察し、それでも信じられない気持が、奇妙な現実感の無さと相俟って、自分が現実ではなく悪夢の中にいるのではないかという判断を促す。
だがしかし、背後の重みも、胸を伝う指先も、首筋に当てられた相手の唇の感触すらもリアルで。
「嫌だ…ッ…!」
陵辱の予兆に、僅かに動く首を振り、抵抗の意を示す。
例えこれが悪夢という非現実の物であったとしても、我慢がならなかった。必死に逃れようと藻掻く。
しかし背後の者の動きには僅かな躊躇すらない。
ゾロの首筋に当てられていた唇と舌で肩口まで辿り、強く吸う。
唾液に濡らされた肌が、空気に触れて外温を低めに感じ取り、鳥肌が立つ。


相手の唇は背中全体を辿り、そこかしこで吸ったり噛みついたり、悪戯に戯れる。
胸部に回された指は、暗闇に視界を奪われているせいか過敏になったゾロの、神経を暴くように撫で回す。
怒りと恐怖感に支配されたゾロの脳は、それを快楽とは捉えなかったが、敏感な突起を弄る指に、それでも反射で身体が震える。
ひたすら、おぞましさに吐き気を耐えていた時

「──────!!」

指が、下半身に伸びてきた。
衣服の上から、中心を辿る。
目的を察していたとはいえ、ゾロの身体が戦く。滅茶苦茶に暴れて逃れたいのに、出来た事といえば、僅かに身体を捻らせ、抵抗の言葉を吐く事だけだった。
さっきから、妙に澱んだ空気の中で、普段より出しにくく感じる声を振り絞り、何度か叫びを上げている。
壁の薄いゾロの住む安アパートならば、誰かが気付いても良い筈なのに、誰の気配も感じ取れない。
いつもならば、隣室の住人の部屋のテレビの音すら、煩い程に響いてくるのに。
やはり何かがおかしいと、心が警鐘を鳴らす。
しかし、混乱する考えを纏める時間も、背後の相手は与えてはくれない。

「ぅあ……」

下半身を覆う衣服も下着も、膝の辺りまでずり下げられ、中心に直に指が絡む。
優しいとも取れる程に柔らかい動きで、指先は先端から根元までを往復する。しかしそれは、心がついていかないゾロの快楽を未だ引き出す事は出来ないでいる。
「……!」
突然、ゾロの身体が返され、仰向けへと体勢を変えられた。
すぐ頭上には、こんな理不尽な蹂躙を仕掛けている相手がいるのに、気配も感触も確かな物なのに、やはり視界に広がるのは吸い込まれるような暗闇ばかりで、それが余計に不安と恐怖を煽る。
相手の姿が判るならば、その姿を脳に焼き付けて、強い意思でその怒りの対象を心に刻む事も出来るのに。

「ひ…………ッ!」
仰向けにされたまま下肢を開かされ、姿の見えない相手がそこに顔を埋めたのが判った。
されている事を頭が理解した途端、竦むばかりだったゾロの身体に、それまでとは違う震えが走った。
まだ萎えているゾロの中心を、軽く押し潰すようにその指で握り、上向かせ、裏側を舌で辿る。そのまま下へとなぞり、睾丸部分の柔らかい皮を吸い、舌先で転がす。中心を弄る指先は、その一本を先端へと食い込ませて。
「うぁっ…」
敢えてゾロの快楽を促すような動きに、自由の利かない身体がついに陥落を見せ始めた。
性を目的とする行為で、他人に触れられた事の無い体躯は、一度火が点ると本人の意思ではコントロールが利かず、ゾロの精神を恥辱の渦へと叩き落して行く。
中心が僅かに反応を見せると、蹂躙する指が、舌が、益々激しさを増してくる。
熱くなる下半身と、更に敏感になってゆく性感に、ゾロは呻いた。
無意識に腰が揺らめく。

「──────あぁっ」

強く中心を吸い上げられた瞬間、爪先に痛い程の力が篭り、とうとう絶頂へと達した。
屈辱と、悔恨と、背徳感と、拭えない恐怖と。
様々な感情が綯い交ぜになり、ゾロを益々混乱させる。
しかしそれで、悪夢が終わった訳ではなかった。



「!!」
達した自身よりも更に奥を探り始める、濡れた指の感触。
ゾロの途切れる吐息の下からの、必死な制止も厭わず、その指は内奥へと侵入してきた。
「う、ぅ……っ」
痛みというより、異物感にゾロは呻く。
細く長い指が、身体の内で蠢いているのを、神経は過敏に感じ取る。
優しげとも取れるほど慎重に探る指先が、前立腺を探り当てたようで、ゾロの身体が本人の意思とは関係なく大きく跳ねた。そこを引っ掻くように刺激されると、嬌声が上がる。
とうとう零れ始めた涙を拭う事も出来ず、嫌だと呟き続ける事で抵抗は続けるが、既に相手を制止させる事は出来ないだろうとは悟っていた。
再び体勢をうつ伏せへと返され、腰に手を回して上げさせる動作に、その先の行為を想像してゾロの全身が強張り、竦む。
片方の尻の肉を開かれ、指で固定された相手のものが、探るように、何度か試すかのように力を込めて押し当てられ、次の瞬間にはぐっと貫かれていた。

「ぅああッ─────…!!」

数本の指で強引に慣らされたそこに、更に大きな異物が侵入してくる。
その衝撃に、ゾロの喉からは絶叫が迸った。
解されていたそこは傷付く事は無かったが、それでも下肢が裂かれる激痛と、火傷したかのような熱い衝撃が走る。
「…う、……ぐぅっ!」
遠慮の無い動きに蹂躙され、内臓ごと揺さぶられるような感覚に、激しい嘔吐感が込み上げる。
その感覚に耐えきれず、胃液が喉を逆流し、口の端から伝い落ちた。口内に広がる苦みは、鼻腔にまで入ったのか、鼻にもツンとした痛みを走らせる。
頬を伝う涙も止められず、グチャグチャになった顔を床へと押しつけ、上がりそうになる悲鳴を耐えた。
この暗闇では、相手に自分の表情を見られる事は無いだろうが、それでも出来るだけ隠したかった。
嗚咽すら悟られたくはない。それだけが、意地だった。


「ぁ………」


背後から回された手が、ゾロの中心へと絡みついた。
労わりの見えない挿入と突き上げに相反するかのような、優しげな手の動きに、壊れかけた精神が縋ろうとするかの如く神経へと働きかける。

「……んぁ、…く…」

ほんの僅かな、それでも脳を焼くほどに強烈なそれは。
確かに悦楽を齎していた。





随分長い間、そうして蹂躙されていた気がする。
絶頂が近いのか、更に激しさを増した相手の動きに耐えられず。
ゾロが失神するまで、苦痛と、僅かな性感の地獄は続いた。



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