慕情
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桜が咲いている
満開の桜の下
「ゾロ、ここにいたの?」 上から覗き込んで来る影。 閉じていた瞳の裏にそれを感じて、ゾロは目を開けた。 「くいな」 頭上には、立ったまま真上から自分を見下ろしている少女の顔と、一面の淡緋色。 満開の桜のそれと、その隙間から零れる、鮮やかな水色の空。 視界に広がるその色は、何故かいつも奇妙な懐かしさを感じさせる。 「またここで寝てたの。授業サボって」 幼馴染の少女が笑う。短く揃えた黒髪が、柔らかく風に靡く。 二人が通う高校の敷地内ではあるが、大分外れの方であるこの場所。 木々の隙間から校舎が遠くに見える。 森を伐採して作られた学園は、校舎の付近や校庭の辺りはきちんと整備されているが、外れの方はまだ森林の木がかなり残されたままで、入り込んでくる人間も少ない。 校舎付近の生徒達の喧騒も届かないこの場所を、ゾロは気に入っていた。 放課後や、時折教師に無断で抜け出した授業中などに、ここへとやって来ては、木陰の柔らかな草を布団に、昼寝を決め込んでいた。 「授業は終わったのか?」 「うん、もう放課後だよ。寝てるのはいいけど、約束の時間に遅れないでうちへ来てよね」 折角パパに頼んで、道場開けてもらったんだから、と彼女は言った。 間近に剣道の試合を控えたゾロの為に、練習日ではない今日も道場を借りられるよう、道場主で尚且つゾロの剣の師匠である父親に進言してくれたのだ。 「ああ、ありがとよ、くいな」 「ううん。私も久しぶりにゾロと練習出来るの、楽しみだよ」 本来練習日ではない今日は、門下生も来る予定はないので、練習相手に困っていたところに、名乗りをあげたのはくいなだった。 男女混合で、腕を磨くべく競い合っていた子供の頃とは違い、中学に上がった辺りから、共に練習する事は、ほとんど無くなっていた。子供の頃からどうしても勝てなかった彼女と久々に剣を交えるのは、口にはしなかったがゾロも楽しみだった。 「ね。ゾロ。今日は学校帰りにそのままうちに来るの?」 「そうだな…。アパートに一度帰るよか楽だな、そっちのが」 「じゃ一緒に帰ろうよ」 少女はそう言って、返事も待たないまま、鞄を持ってくるからと言って走って行ってしまった。 それを別段断るつもりもなかったゾロは、黙ってその後姿を見送る。 その時。 頭上の葉が不自然にざわめき、気付いたゾロは物音の方向を向いた。 「うわッ!」 目前の木から、ざぁっと音を立てて男が降って来た。その思いがけない状況に、思わず驚き叫んでしまったゾロに、暢気な声がかけられる。 「かーわいくなったなー、くいなちゃん」 「テメ、いつのまにそんな所に!;」 目前に降り立った金の髪の男。 細い体躯には、自分と同じ制服を纏っている。 その左目は長い前髪に隠れているが、見えている右の目尻は明らかにだらしなく下がっていた。 その瞳で遠く駆けてゆくくいなの後姿を見詰めるさまが、いつも通りの軟派な態度で、ゾロは呆れるばかりだ。 くいなと同じく、ゾロの幼馴染。 メロメロと鼻の下を伸ばしながら 「おれとしては、も少しグラマーな美人系のがタイプなんだけどさ。でもああいうカンジも、教えがいありそでいいなv」 などと、ぬけぬけと呟いている。 「てめェはいつもそんなんばっかだな、くだらねェ」 呆れたゾロは、それで会話を打ち切ろうと再び木にもたれかかり、寝る体勢をとるが。 「なーにを朴念仁ぶっちゃって」 言われた相手が、煙草に火をつけながら、語りかけてくる。 「お前とくいなちゃんの仲の良さは密かに噂になってんぞ。女嫌いなロロノア・ゾロが、彼女にだけは愛想がいいって」 その噂は、そういう事に鈍いゾロの耳にも入っていた。 くだらない、と思う。 他人の絆や関係などを詮索して、影でこそこそ言う輩は多い。ゾロは無愛想な割に、剣の腕などで目立つ事もあり、色々と興味を持つ人間も結構いるのだ。 ゾロとしては別に気にならないし、くいなもそうだろう。 「アホか、そんなんじゃねーよ。幼馴染だから、気心が知れてるだけだ」 それが本音だった。彼女は大切な幼馴染であり、目標だ。傍にいて居心地がいい相手ではあるが、特別愛想をよくしているわけではない。 この先、万が一恋愛感情を持ったとしても、ゾロはゾロだし、くいなも変わらないだろう。 二人の間にあるのはまず、信頼関係だった。 「てめぇだってガキの頃からの付き合いなんだから、そんくらい知ってるだろ」 もう一人の幼馴染、目前の相手に語りかける。 「…………そうだな」 返事は何故か、どこか曖昧な響きを孕んでいた。 風が吹いた。 柔らかそうな、黄金色の髪が靡く。 |
遥か昔の「記憶」
「───────お前、名は…?」
「その名に懸けて、誓う」
──────「約束」、だ───────