情けない………。 その店に一歩足を踏み入れたゾロは、目に入った余りにあんまりな光景に、思わずこめかみを押さえて呻いてしまっていた。 「ゾロ、店の入口に立ち尽くしてないでよ! ほら、あんたも早く働いて!」 そんなゾロに向かって、勿論労わる事も無いナミの怒号が飛んでくる。その声に続き、 「おーゾロー! やっぱお前もここで働くのかー?」 という、我らがキャプテン・ルフィの、暢気な明るい声や、 「すまねぇカヤ……おれ、勇敢な海の戦士になるって約束したのに…こんなカッコとても見せられねぇよ……」 うううう、と嘆く、長い鼻の狙撃手の声やらも聞こえてくる。 そして、 「ナミさぁぁぁーん、コイツにもこのカッコさせる気ですかぁ!? に、似合わねェ……!」 ナミに甘えたような声を出しつつ驚きの表情を向けてくる、口の悪い生意気な料理人の声やらも飛んできた。 今だ眩暈に襲われているゾロは、それらにはいちいち返答しなかったけれども。 そして正直、視線を向けたくもない。 「…ナミ。おまえ、正気かよ……」 「あら、うちの頼もしいクルー達、なかなか人気なのよ」 「…………世も末だな」 そう溜息をつくゾロを横目でジロリと睨み。 「しょうがないでしょ! あんたたちが町を滅茶苦茶にしてくれたおかげで、働いてお金返す事になっちゃったんだから!」 「おれは今回関係ねーだろ!!」 ナミの台詞に対する、その必死なゾロの反論に、にっこりと笑みを浮かべ言い放つ。 「ええそうね。だから今回はあの衣装は勘弁してあげる。でもアンタ、一蓮托生って言葉知ってる?」 麦わら海賊団において、力で最強なのは勿論、船長であるルフィなのは間違い無い。 だがしかし、そんなのは全然関係無く、立場的に最強なのはナミだ。 逆らうという行動を起こす事は簡単だが、何故か後が怖い。「魔女」という徒名は伊達ではない、などと、こんな時に思う。かつては魔獣と恐れられたゾロにとっても、ナミには逆らうのはかなーり根性が要る行為なのであった。 しかし、それにしたって。 「……よくあんな格好出来るな、アイツら……」 視線をやった先には、くるくると派手に色を変える電飾と、幾つも置かれたソファとテーブルと。 そして、ひらひらした薄い衣装を纏った、仲間達の姿。 豹、しまうま、三毛猫、パンダのぶち……衣装には色々な柄がプリントされている。 それだけの、普通の形の衣装ならまだいいのだ。 問題は、それが全てミニスカートの可愛いワンピース(勿論漫画のタイトルではない)であるという点であろう……。 「えーっリョロはホレひにゃいのか!?」 不服そうに唇を尖らせているのは、しましまの虎柄の衣装に身を包んでいるルフィである。客からもらったらしい骨付き肉にかぶりつきながら叫んだ為、一瞬理解不可能だったが、どうやら「ゾロはコレ着ないのか!?」と言われたらしい。 「ズルイぞ、ゾロ! おれらばっかりこんな目に…。ナミ、おれだって別に、おれが何かしたわけじゃねェぞぉ!」 嘆きながらナミに文句つけているのは、きりん柄の衣装のウソップである。 その頭には、いつものバンダナとゴーグルではなく、小さな角のカチューシャがちょこんと装着されている。よく見ると、ルフィの頭にも、猫の耳を小さくしたような、虎柄の耳が……… ぐらっとまた眩暈のしたゾロは、必死で心の中で己を叱咤し、何とかその場に足を踏みしめる。 「可愛いでしょー」 人事のせいか、Tシャツにミニスカートという、普段と変わらないいでたちのナミは、笑いながらそんな事を言っているが。 「どこがだ……」 確かに、二人とも身体つきは華奢なせいか、後姿などはそんなに違和感があるわけではない。 ────だが。 だがしかし! 「そんな哀れむよーな目で見るなー!!」 滝のような涙を流しつつ絶叫し、ウソップがゾロを睨む。 「そ〜う〜だ〜ぞ〜〜〜ゾロ〜〜〜〜」 「ひっ」 後ろから突然かけられた声に、思わず首が竦んだ。 呆れ脱力していたせいもあるが、気配を全く感じないまま背後を取られていた事に驚く。幾らなんでも素人には、そんな後手はとらない。その時点で、後ろの百太郎なアレの正体には気付いたが。 「サンジ!!」 振り向いた背後には、予想通りの、あるイミ戦いにおいてはプロなアレがいた。 目に映った、いつもの黒スーツとは全く違うその姿に、脱力するよりも爆笑してしまいそーだ。 「おいおい、おれがそんなに美人だからって見とれるな」 「誰がじゃー!!」 背後には、豹柄のひらひらドレスを身に纏った、金髪ぐる眉の料理人が、カクテルを乗せたおぼんを持ち、立っていた。 スラリと細い体躯で、顔もそれなりに綺麗と言える彼ではあるが 「……………………………」 遠目で見たら綺麗かもしれない。…しれないのだが。 「ぶわっはっはっはっは!」 「笑うなーーーーー!!!!!」 正直な所、近くで見るとやはり笑える。見なれた男が、ミニのワンピースドレスに身を包んでいる様は。 思わずじっくり見てしまい、とりあえずその顎鬚と、スカートから覗く金のスネ毛は何とかならんものか…と、そう呟いたゾロに、 「あらでもサンジくん、みょーな色気あるでしょ? 結構男の客にも人気で、指名入ったりしてるのよー」 サンジにとってはあまり嬉しくない擁護が、ナミから入る。 「男の指名なんぞ嬉しくないですナミさん…。綺麗なおねーさまからの指名が欲しい……!!」 「残念ねー、綺麗なおねーさまには、カワイイ系のルフィのがウケがいいみたい」 ナミがちらりと視線を向けた先には、テーブルについたまま、摂待するホステス(?)とは思えない程の食いっぷりを見せているルフィがいた。 その周りでは、20代とおぼしき女性のグループが、きゃあきゃあと盛り上がりながら、ルフィに「もっと食べる? おねーさん奢っちゃうわよ」とか「よく入るわねー。え、ゴムなの身体!?」「カワイイ〜」などと語りかけている。 「えーっ何でアイツが!? クソゴムのくせに生意気なッ」 本気で悔しそうなサンジを尻目に、とりあえずゾロはナミに促されるまま、従業員控え室に着替えに向かった。 「…………………」 窮屈でたまらない。 バーに置けるバーテンダーのような、かっちりとした黒と白基調の衣装に身を包んだゾロは、自分の身体を見下ろして溜息をついた。 指定されたロッカーにあったのは、この制服だった。 元々堅苦しい服が好きではないゾロには、窮屈な代物だったが、ワンピースな動物服を着せられるよりは全然マシだと思い直し、慣れない手つきでネクタイを整え扉を開けた。 「で、これで何して働くんだ?」 「…………!」 控え室から出てきて、ナミにそう問うゾロに、その場にいた客達の視線が集中した。ルフィで遊んでいた女性達も、一瞬静かになったほどだ。 この制服は、思いがけずゾロの持つクールな雰囲気を、綺麗に際立たせていた。 「ふーん、ちゃんとしたカッコしたら、あんたもそれなりじゃない。あ、仕事はね、給仕だけでいいわ。あんたに複雑な仕事、とてもじゃないけどさせらんない!」 愛想良く接待するのも無理でしょ?と問われて、少々腹立だしいが素直に頷く。 ウソップやサンジは何だかんだ言いつつ器用だし、対人においての話術も得意としている。ルフィは天然で、巧みな話術など操れないが、話す事自体は好きだし、どんな人間相手でも会話する事を苦としない。接待に向いているとは思わないが、無意識に場を盛り上げる事が出来るのだ。 はっきり言ってゾロには、とても真似は出来ない。まあ真似しようとも思わないのだが。 人にはそれぞれ向き不向きがある。 それはともかく。 「あらあ、なかなかイイじゃなーい。あちしも思わずクラクラ来ちゃったわよーう!」 店の奥のカウンター部分から出てきた、この店「東カリマンタン」のオーナーが、ゾロの全身を舐めるように見ながら、機嫌の良い声を出す。 「あ、ボン・クレ―ママ。ごめんなさいねー、コイツは多分ホステスとしては役に立たないと思うから、ウェイターで許してあげて」 「いいわよーう。カワイイ子他に借りれたしねーい。でもホントは、あちしの好みとしては、こういう男らしいタイプの方が好きなのよねーい」 変わった化粧を施した、謎の男…というかオカマに擦り寄られたゾロは思わず、腰の刀に手をかけそうになるが、ナミにギロリと睨まれて諦める。 「こういう所でくらい、刀外しなさいよ…」 「馬鹿言え。刀は剣士の命だ」 ふー、と溜息をつくナミの横で、ボン・クレーママとやらが「男らしーわー」と目をハートにしている。 ここで、何故クルー達がこんな状況になっているのか、説明しよう。 食料の補充などの為に立ち寄った島で、案の定というかいつも通りというか、食べ物を目にしたルフィがトラブルを起こしたのだ。 とあるレストランに迷い込み、目にした料理の誘惑に勝てず、ほぼ食い逃げのような状況で捕まってしまった。また食い散らかした量がハンパではなく、ルフィには勿論お代を払う事が出来なかった為、そのレストランで働くハメに陥ってしまった。 それだけならまだ良かったのだが、問題はそこは、昼はレストランだが、夜はアヤシゲなクラブに華麗なる変身を遂げる店だったわけで。 ちなみに、サンジは食い逃げしかけてるルフィを文句垂れながらも助けようとしたので同罪、ウソップは何もしていないが、一緒にいたので巻き添えを食ったというわけである。 一般人に捕まる筈も無いくらいには、凄まじい力を持つ彼らだが、この店のオーナー、ボン・クレーママを始め、店に勤める花びらのおねーさま達は、かなり人外な腕力の持ち主であったし、相手が悪党ではない事もあり。 本気を出しきれなかったルフィ達は、ついに縄でぐるぐると巻かれてしまっていた。 連絡を受けて迎えに来たナミは、思わずその情けない姿を見て、「知らない人です」と帰りかけた程だ。 この船で唯一金を持っているのはナミだ。しかし、返してくる当ての無い人物達に勿論、金を貸したりはしなかった。 絶体絶命の彼らだったわけだが、捉えた犯人とその仲間達を見たボン・クレーが、何故かルフィ達を気に入ったらしく、「一週間くらい働いてくれればチャラにしてもいいわよーう」と申し出た。 「可愛いタイプもいれば、綺麗なタイプもいるしーィ、鼻のせいで見た目で笑い取れる奴もいて素晴らしいわよーう!」 そんな事を言われ、にこにこと上機嫌なボン・クレーの経営する「夜の店」に連れてこられた彼らは、問答無用でこの衣装に着替えさせられたのであった────。 ウソップは泣きながら、ルフィはよく判ってないまま、サンジはナミに促され目をハートにしつつ、衣装を身につけた姿を見て、ボン・クレーママは満足そうに頷いたという。 「ウチはノーピンクのお店だから、安心してねーい。ホステスも、本物の綺麗な女の子も、綺麗な男の子も、そして綺麗でなくとも素晴らしい芸を持つ子なら誰でも! お客様を喜ばせるホステスちゃんなら、どんなタイプの子でも大歓迎よーう! お客様を体当たりで癒し、暖かい笑いで満たす、それがこの店、『東カリマンタン』なのよーう!!」 …つまりは色物キャバクラみたいなもんか、と心の中でこっそり呟いていた、サンジとウソップであった。 そのちょっとした騒ぎの頃、ゾロはというと、港に下りて刀鍛冶屋を探していた。 勿論辿りつけはしなかったのだが。 そうして別行動だった為に、今回のトラブルには全く関係無いままでいられたのだが、やはり、ナミの命によってこうして働かされるハメになってしまった。 しかし今回程、別行動で良かったと思った事は無い。 視線の先の、仲間達の、笑えるというか泣けるというか、な姿を見れば見る程に。 そんなゾロに向かって、しなを作りながらボン・クレーママが語りかけてきた。 「ナミちゃんが「ゾロの肩幅で女装は見たくない!」て言うから諦めたけどーう、あちしは実は着せたかったのよねーい…ある意味倒錯的で結構イケルと思うんだけどーう……」 耳元でボン・クレーママに囁かれ、全身に鳥肌が立ち、慌てて逃げる。 「んもーう、そういう反応がウブっぽくて可愛いのよねーい!」 「………マニアね、ママ」 そんな二人の様子を眺めていたナミの呟きに、「それよりコイツの存在自体がマニアだと思うぞ」と、心の中でボン・クレーに向かって指差しながら、ゾロは思わず突っ込んでいた。 |