あちこちで、ホステスと客の、楽しそうな談笑の声が聞こえてくる。
見渡すと、客は男と女半々くらいで、雰囲気はそう悪いわけではない。

…従業員が妙な服さえ着てなければ。

あの服には何の意味があるんだろうと気になり、ゾロはナミに聞いてみたりしたが、「さあ? ママの趣味でしょ」と答えが返ってきただけで、だがそれはそれで納得してしまった。
こういう仕事は苦手なゾロでも、飲み物をテーブルに運ぶだけなので、何とか失敗らしい失敗はせず、時間は経過し一日目が終わろうとしていた。
そんな深夜に差し掛かった時間に。


「うわッ、テメェ! 何しやがる!!」

突如、サンジの怒声が飛んだ。
「どうしたのサンジくん!?」
客に向かって怒鳴り、そのまま蹴りを出しそうだったサンジを慌てて止め、ナミが尋ねる。
「いやちょっとコイツらが………」
「なんだよ、ちょっと触っただけだろぉ〜?」
目の前のソファに座る、二人連れの男がニヤニヤと目尻を垂らしながら、下卑た猫なで声を出す。どうやら相当酔っているようだ。
この店には綺麗なお姉さまもそれなりの人数がいるのだが、この客達はどうやら、綺麗なお兄さん目当てに来ているらしい。見た目は繊細そうなサンジに目をつけ、酔いの勢いでからかおうとしていたのだ。
「スネ毛は処理してたほーが好みなんだけどな〜。ニューハーフたるもの、それくらいの身だしなみは当然だろ〜?」
「おれはニューハーフじゃねーよ!!!!!」
元々男に対しては容赦も無ければ、キレる限度の壁も低いサンジは、再び蹴りを繰りだしかけたが。
「!」
その飛び出しかけた身体の、首根っこを掴んで止めたい人間がいた。
「ゾロ! クソってめェ、止めるな!」
背後に立ち、自身の突進を止めているゾロに怒鳴るが。
「うるさい。ここでも問題起こして、更に労働期間を増やしたいのかお前は」
「………ッ」
静か、というより冷たい声音に、サンジが押し黙る。しかし今度はゾロに向かい、また何かを怒鳴りかけた時。
「ちょ〜っとお客サン! うちでは女の子(?)へのお触りは禁止なのよーう! お客サンでもルールはきちんと守ってもらうわよーう!!」
妙な迫力で、不埒な客達に対して注意を促してきたボン・クレーママの形相に、客達も酔いが一瞬で覚めたのか、言葉も無く引き下がった。

まだ何かぶつぶつ言っているサンジを、横目で見ながらゾロはそれ以上何を言うでもなくその場を離れた。





「つーかーれーたーーー!」

客が全て帰った店内で、どっかりとソファに座り、テーブルに長い足を投げ出してサンジが叫ぶ。
客への接待だけでなく、彼は他の仕事までこなしていたのだから、当然といえば当然だ。
料理人という身元がバレ、その料理の腕を見込まれたサンジは、途中から厨房の仕事も入れられてしまっていた。おかげで労働量は人一倍、いや三、四倍はあっただろう。
ただ、相手するお客に、年上の女性(「かなり」年上も含まれてはいたが…)が多かった事もあり、楽しみもそれなりにはあったのが救いだが。
しかし慣れない職業に疲労した身を投げ出し、ソファで寛いでいたところに、ゾロの叱咤が飛んできた。
「おい、まだ終わりじゃねーぞ。おれ達、今日は掃除当番だとさ」
「へ? 掃除とーばん!? ッたく…ここは中学校かよ…」
ぶつぶつ言いながらも、サボるとボン・クレーママに怒られ…るのは全然構わないが、愛しのナミさんに白い目で見られてしまうかもしれない。
そんな思いから渋々立ちあがり、控え室の掃除用具のロッカーからから掃除機を取り出す。
「じゃーお先!」
「サボっちゃだめよ〜」
他の皆は、二人にそう声をかけながら、先にぞろぞろ帰ってしまい、はたと気付けば、ゾロとサンジは二人きりになってしまっていた。
「………………」
 
ふたりきり。

その事を意識した瞬間、サンジの顔に悪戯っ子のような表情が浮かぶ。
「………さっきの復讐」
小さく、ちいさく呟いた声は、ゾロには届いてない。

先ほど、困ったちゃんな客にセクハラされた時、相手を成敗するどころか、激昂する自分を止めてすらきた相手、に。
サンジとしては、憤りを感じていたのだ。
(アレが大事な恋人に対する態度かよー!)
と。
この二人、相性が悪いようにしか見えない態度をお互い取っているが、何故か「そういう仲」なのだったりする。
ベッドを共にする時すら、甘い言葉もロクに出ない二人ではあるが、罵り合っている方が安心するのだから、変わった恋人同士である。

「おいサンジ、いい加減その阿呆な服着替えて来い」
そんなサンジの思惑も知らず、テーブルを拭きつつゾロがそんな言葉をかけてくる。低いテーブルに屈み込むようにして、ガラスの表面を拭いているゾロの背後に位置していたサンジは、
「────! サンジ…!?」
スキを付き、背後からゾロの身体をテーブルに押さえつけていた。
「何しやがるッ! 離せ、テメェ!!」
腕力では勝るとはいえ、背後から完全に体重を乗せられ押さえられるこの体勢では、さすがに跳ね飛ばす事が出来ず、ゾロが下から何とか首を背の方へ捻じ曲げ、怒鳴りつけると。
「どー? ミニスカなカワイイ豹ちゃんに押し倒される気分はよー?」
などと、へらへらと馬鹿げた返事が返ってくる。
「誰がカワイイだ! アホかてめーはッ…ふざけんな!!」
「ふざけてんのはテメェだろが、あん? セクハラのピンチに助けにも来ない恋人がよー?」
「てめェが大人しく助けられるタマか!!」
ゾロの叫んだ反論らしき台詞に、「それは確かにそーなんだけどね」とは思うものの。
それでもあの酔っ払い共の不埒な行いに、何かしらのリアクションが欲しいではないか。
「でもやっぱ腹立つんだよなー」
───てなわけで、お仕置き…と。
耳元で吐息と共に落とされたサンジの声に、思わずゾクリと肌が粟立つ。
「サンジ!」
何だかんだ言っても、幾度も重ねた肌は相手に過敏に反応してしまう。
こんな状況で、こんな怪しい店の中のそれもテーブルの上で
「ちょっと待てーーーー!!!」
それも相手は豹柄のワンピース着用という、あまりに「そりゃ無いだろう」というシチュエーション。
はっきり言ってこんな男には押し倒されたくはない。が。
「なーんかアブノーマルでイイかもなー。服が服だし、女王様気分ってか?」
「笑いながら馬鹿な事言ってんな!!!!」
そんなゾロの絶叫にも勿論聞く耳持たず。
「お前のウェイター姿、なかなかソソるなー。こうカッチリとしたのって、これはこれで色気あるっつーか、脱がせ甲斐があるっつーか……」
などと、楽しげに服の上からゾロの身体を撫で回す。
「……ッ」
繊細な指先がじりじりと這い回り、服の上から胸の突起を弄くる感触に震えが走ってしまう。
両足の間に、背後からサンジの膝が割り入って広げられ、その中心を腿で擦られると、それだけで吐息が乱れ始める程に、コントロールが利かなくなる慣らされた身体。
「やめ……」
散々、この相手に暴かれ開発されている身が恨めしい。
余程この制服を着用しているゾロがお気に召したのか、しばらく服を脱がせずに弄くり倒していたサンジではあったが、やがて少しずつ衣服を乱し、膝まで黒いズボンを下ろして直接愛撫を施し始めた。
「………ぅ、…」
その頃には、サンジも押さえつける手は緩めてはいたが、ゾロの抵抗は既に失せていた。
悔しげな表情を残しながらも、頬を上気させ吐息を乱す様が、滅茶苦茶色っぽい。
「反応良すぎだテメ。セクハラされても、お前だったら感じちまいそーだし、やっぱお前ホステスやんないで正解だわ」
そもそも似合わないしなー、と。軽口を叩く顔に向かい、背を逸らし頭突きを食らわす。無理な体勢からのそれには、勢いは無く、軽い物になってしまったが。
「いてーよ」
笑いを含む声音でまた「お仕置きしちゃる」などと囁かれ。

今日は疲れていたんじゃなかったのか、とか。明日もまた働かなくちゃいけねーだろが、などと色々詰りたい事はあったのだが、再び悪戯な意図を持った指と舌が這い回り始め、ゾロはそれを言葉にする事が出来なかった。





「……随分眠そうね、サンジ君」

翌日。今日も昨日と同じくアレな衣装に身を包み、お勤めに出ているサンジは、何故か欠伸を連発していた。
「ええーと、昨日ちっと張り切りすぎて……」
むにゃむにゃと言い訳をするその言葉を、ナミは「仕事を張り切りすぎた」という風に理解したらしい。「頑張ってよ、まだ二日目なのよ」と、注意される。
「今日はゾロも何だかちょっと疲れてるみたいだし、昨日みたいに守ってもらえないかもよ? だからしっかり頑張ってね!」
「……………え?」
ナミのその言葉の意味が理解出来ず、問い返したサンジに。
「昨日セクハラされてたりしたじゃない。あの時からゾロが「あー怒ってるなー」って思ってたけど。あの後、やばそーな客にサンジ君を近づけないよう、アイツなりに頑張ってたのよ。…気付かなかった?」
「ええ!?;」
あの後、酔っ払い客がサンジを見て、指名しようとする度に、ゾロは元々きつい目線を更に凄ませ、ガンたれて相手を迫力負けさせていたのだ。
そうやって何人の客がすごすごとそのまま帰ったことか。
「そんなん全然気付かなかった…!」
ここで漸くナミに教えられ、愕然と呟く。

────あの時、冷たい声音で自分を止めたゾロは、誰に向かって怒っていたのか。

(おれじゃなくてもしかして、アイツらの方に…?)
それでもここで働く期間を延ばして、更に自分を危険な目に合わせたくなくて、じっと我慢してたんだとしたら。
いや、ゾロ自身が早くここの労働から逃れたかっただけかもしれないが、だがしかし。

(…………悪い事したなァ………)

昨夜の「お仕置き」を思い返し、罪悪感が産まれてくる。
最後には、失神させる程に責め立てたのだ。おかげでこっちも疲労困憊だが(自業自得)。

「サンジちゃーん、3番テーブルの綺麗なおねーさん方からご指名よーう!」
「ああっハイ! 今すぐ参ります、マイスィートハニー達!!」
目をハートにしつつテーブルへ向かいつつも、彼の脳裏には意地っ張りな恋人への想いが渦巻いていた。


(お詫びに今日はクソ優しくしてやろう)




何か間違っている謝罪方法は、今夜実行される事になる。



無料配布本からの再録(?)でした。
文はあちこち、かなり手直し入ってますが。
それにしても。
つくづく攻の女装が好きなななみです…。
東カリマンタンとは、パタリロ!に出てくる、
凄いオカマバーの名前だったり(笑)


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