とりあえず、子供なゾロは、今までの服のサイズが全く合わない為、羨ましい事に、ナミさんの小さめのTシャツと短パンを着せられて(それもぶかぶかで苦労しているようだが)キッチンの片隅で縮こまってる。 黙ってままで、借りてきた子猫みたいだ。 俺達はといえば、その横でテーブルを囲んで会議中。 「で? 原因は何?」 「………さあ」 「わかんねー」 ナミさんの問いかけに、俺もルフィもウソップも、首をひねるばかりだ。 「漫画でありがちの展開よね…」 それを言っちゃおしまいです、ナミさん…。 「誰か、変な薬飲ませたとか、悪魔の実を食べさせたとか、ないの?」 ああそれもありがち、と皆で頷いたりしたが。誰もそんな事してないみたいだ。 その時。 ぐきゅるーという音が、部屋の片隅から聞こえた。どーやら、チビゾロの腹の虫らしい。 「おなかすいてるみたい。サンジ君何か作ってあげて」 ああ、そうだコイツは、俺が折角作った朝メシ食わなかったんだ。 「はい、わかりましたナミさんvv てめー、今度はちゃんと食えよ」 「とりあえず、私、何かこーゆー前例ないか、文献調べてみるわ…」 頭を押さえて、ナミさんはキッチンを出て行った。ウソップもその後に続く。 ルフィはというと、チビゾロと、俺が新たに作るメシに興味深々らしく、キッチンに居座っていたが。 「てめェの分はさっき作ったろ! 余計な量作る程、食料に余裕はねーんだ!」 と、叩き出した。ゾロはちょっとその後をついて行きたそうな顔してたけど(頭の中身がおこさま同士で、安心感があったらしい)、料理も食わずに出ていくのは俺が許さねえ。 誰の為に作ってやると思ってンだ。 だんまりを決め込んでるおこさまを、椅子に座らせて、手早く作った料理を差し出す。 「ハンストなんか許さねーぞ。お前だって、食べずに痩せ細って、弱くなりたいワケじゃねーだろがよ」 と、眼光鋭くして言ってみる。すると、しぶしぶと言った風情で、ゾロが食べ始めた。 「………ウマイ………」 一口食べて、目をぱちぱちさせて、思わずといった風に口をついた言葉。 「だろ?♪♪」 こちらも思わず相好が崩れる。やっぱ、この言葉って何より嬉しい。コックだもんな。 ニコニコ笑って、思わずチビゾロの頭を撫でる俺を、上目遣いにゾロがじっと見ているのに気づいた。 「もっと食えよ。お代りもあるぜ?」 「……余分な食料、無いって…」 「あー、アイツは底無しだからな。セーブしないと、マジで食い尽くされる。でもコドモのお代りくらいは余裕であるぜ」 その言葉に安心したのか、お子様君は、がーっと皿を空け、お代りを要求してきた。 また皿にいっぱい盛ってやって渡す。 「うまいか?」 「うまい!!」 そう答えて、お子様、にこーっと笑った。 くー、いいねーこういうの!普段のゾロはこんなに俺に無防備に笑顔見せたりしないし! さすがおこさま。まだまだスレてない。んー、こんな素直なゾロもいいもんだ。 …って、 ……あれ? (ゾロが素直になりますよーに!) ………昨晩、自分が思い浮かべた願い事。 まさかね………。 まさか、でも………。 自分への疑惑が膨れ上がる。もしかして、流れ星の願い事が叶うなんてこと……。 「………どーした? サンジ」 「! 俺の名前、思い出したのか?」 普段だって滅多に呼んでくれないのに!なんて心の中でガッツポーズとったりして。 「んん……さっきの麦藁帽子のヤツが、そう呼んでた」 「あ、そか…。いや、別に何でもねぇよ。どーやったらお前が元の19歳に戻るか、考えてただけだ」 「…俺、19になってたのか?」 「そ。お前、今いくつになっちゃってンの?」 「11………」 うん、お子様だ。身体も、俺が知ってるゾロより二周りくらい小さい。まだ筋肉も、発達途中ってカンジで。 「俺、何してたんだ? 何でこの船に乗ってんだ?」 不安そうに聞く。そりゃそーだよな、不安だよな。 だから疑問には、俺の知ってる限りの事を、細かく答えてやった。俺と出会う前の事は、本人や、この船の皆から聞いた、人づての話だったけど。 お子様は、じぃっと聞いていたが。 ふと、ぼそりと呟いた。 「俺、何で村を出たんだろう…」 「あ? あー……死んだ親友との約束とか言ってたな。世界一の剣豪になる為…」 何気なく言った言葉。 しかし、その言葉にゾロが固まった。 「親友…って、くいなのことか? 死んだ……?」 …ヤバい。まずい事を言ったかもしれない。 このゾロは、過去のゾロがそのまんま飛んできたようなもんだから。こいつの記憶の中で、その親友は「生きて」いるのかもしれない。 「嘘だ」 小さな握りこぶしが震えている。 俺は、そこで何とかごまかさなくちゃいけなかった。 いけなかった、はずなんだ。 だけど。 情けない話だが、こんな子供でも、相手は「ゾロ」だったから。俺が誰より愛してる存在だったから。 自分以外の人間に執着しているのを目の当たりにして、心の奥に、嫉妬の火が点った。 「…嘘じゃない」 「嘘だっ!」 「嘘じゃねーよ! じゃ何でお前ここに居んだよ!!」 「嘘だ嘘だ嘘だっっ!! くいなの所へ帰るッ」 「………!」 キッチンから飛び出そうとした、小さな身体を、強引に抱きとめた。 子供相手に、何やってんだという意識の奥底の声が聞こえたが、止まらなかった。 19のゾロなら、俺が力で押さえるのなんざ不可能だけれど、この小さなゾロは、簡単に腕の中に拘束される。暴れるのだって、容易く押さえ込めた。 「離せ!!」 「〜〜嫌だっ」 俺も意地になっていた。 「何でこんなになってんだよ! 何で他のヤツの所へ「帰る」なんて言うんだよ!? 何で俺の事忘れたんだよ!? お前は……」 力を入れすぎたせいで、ゾロが小さく呻いたが、腕を緩めず 「お前は、俺のもんだったのに」 背中から抱きしめながら、思わず零れた言葉。自分でも情けない程震える声で。 「何で………」 こいつのせいじゃない。こいつが悪いわけじゃないのに。 それなのに、小さな身体を抱きしめたまま、俺は「何で」という言葉を繰り返していた。 そのままどれくらいそうしていたのか。 いつのまにか、ゾロはおとなしくなっていた。 それに気づいて、俺はきつく拘束していた腕を解いた。 俯いたままのゾロが、しばらくの沈黙の後に、口を開いた。 「……くいなは、本当に死んだのか?」 「…ああ。「お前」が、そう言っていた」 「……そうか」 唇を噛み締めたのが判った。 また、しばらく沈黙。そして 「お前は、俺の何なんだ?」 「…………」 「お前のもんって、どーゆー意味だよ」 「……俺、お前が好きなんだよ。19のお前も、それに応えてくれていた」 言葉はもらった事はないけれど、多分。ずっとずっと受け入れてくれていた。 俯いている顔を、顎に手を当てて上向かせる。 そのまま、怯えさせないよう、そっと額に唇を当てた。でもやっぱ少し怯えさせたみたいで、びくんと身体を引かせる。それを柔らかく制して。 今度は、子供特有のぷにゃっと弾力のある頬に。次は瞼。 髪を撫ぜながらそんな風に触れていたら、子供なゾロの腕が縋りついてきた。 それを、力を入れ過ぎないよう注意して抱きしめて。 そしたら、こてんと俺の肩に、小さな頭を乗せてきた。 普段なら絶対しない、甘えたような仕草。 これも、素直になってほしいという俺の祈りのせいなのだろうか。 知らない所で、知らない人間に囲まれて、不安から誰かに縋りたくなってるだけだろうけど。そんな仕草が可愛くて、できるなら離したくなかった。 が。 俺は、そっとその身体を離した。 「はーっ危ねー!」 「え?」 「犯罪オカすとこだった!」 きょとんとしてる、お子様ゾロ君。 そう、子供なんだよ相手は。ヤバいだろーさすがに!! やばいやばい。自分がここまでゾロにイっちゃってるとは…。 「……ナミさんの文献調べ、手伝ってくるわ……」 これ以上二人きりで居るとまずい気がして、部屋を出ていこうとしたら。 「……………!」 がしっと、服の袖を引っ張られた。振り向くと、真っ赤になったお子様が俺の袖を引いていた。 「…………料理うまかった」 「お、おおありがとう」 「昼も作るのか」 「あ?ああそりゃ…俺この船のコックさんだし」 「…楽しみにしてる」 ………昼は特製お子様ランチを作ろう。そーしよう。こいつの好物いっぱい乗せて。 いやその場合、塩辛とか、酒のツマミだらけの、渋すぎるお子様ランチになりそうだが。 しかし本当に素直。こんな状況なのに、もし流れ星のせいなら、お星様に感謝しちまう位。 でも、元に戻らなかったらそれはそれで困るんだけど。この船の進路的にも、俺的にも。 「……………」 会話がまた途切れる。 「じゃ……」 と、再び出ていこうとした俺の、袖を離す気配も無くて。 その上。 「行くな」 一瞬、幻聴かと思ったくらいだ。えと、俺、引きとめられてる?? 「行くなと言われましても」 ここにいちゃヤバいんですが。理性って奴が。 「あのな、ゾロ」 「?」 「俺ら、多分一応恋人同士ってヤツだったの。お前、チマいから判んねーだろーけどさ、二人っきりでいると俺がけっこーやばいの」 唯でさえ、喧嘩の原因のえっちの時は中断されて、その後一週間ずっと欲求不満で。 その上、目の前のチビは妙に可愛いし。 「俺を犯罪者にする気か」 ああもう、こんな言い方したって判んねーだろーけど。とにかく離してくだサイ。頼んます。 「………俺、お前の料理好きだ」 「あ、ありがとう」 これってアレか、餌付け成功? ってオイおれ…。 人に懐かない子猫を、餌で慣らした気分…。 「料理だけじゃなくて、俺の事好きーとか言ってくれると、更に嬉しーんだけど(笑)」 冗談めかして言う。本音なんて悟られないように。 なのに。 「……………」 俯いたチビが、ものすごく小さな声で、呟いた言葉。 やっと耳に届くくらいの。 それも幻聴かと思った。願望のあまりの。 ずっとずっと聞きたいと思ってたその言葉は、自分で思ってたより自分に衝撃を与えた。 |