「ち、ちょっと待てよ!!妖魔って何だよ!!;」


突然外に連れられ、引き摺られるように走りながら、おれの腕を羽根で掴んでいる白鳥(自分で言っときながら、想像しにくい描写だ)に怒鳴った。
「最近、この辺で通り魔事件がよく起きてるでしょーう!? あれの犯人、じーつは妖魔なのよーう!」
はあ?
まあ確かに、最近この界隈に通り魔は出没している。被害者は男ばかりで、×××をチョン切られるという、残忍な事件が続出しているのだ。
笑うなよ呆れるなよ、よく考えてみろ、すげー痛ましいぞ。想像するだけで痛いしな。
「ダークキングダムには、悪の女王サマが居てねい、そいつが心が醜く歪んだ人間を妖魔に変えてるのよう。そーうしてこの地球を、妖魔で埋め尽くし、君臨し支配するのが、あいつらの目的なのよーう!」
………はあ、そうですか。
もうそろそろ投げやりになってて、槍でも鉄砲でも来いというヤケクソ状態になりつつあったおれだった。

遠くでパトカーのサイレンが響いている。もしかして、今夜も通り魔の被害者が出たのだろうか。
気になりつつも、おれは白鳥が先導するままに走りつづけた。




「さあ、ココよーう!!」

連れてこられたのは、近所の学校の校庭。…って、おれの通う中学じゃねーか。
「ここから妖魔の気配がするわよう。さっき人間を襲ったみたいだから、警察に追われてココへ逃げ込んだのねい、きっと」
ああ、そうですか。
やはり投げやりなおれだが。
「で、おれにどうしろと?」
「妖魔を倒すのよう、もーちろーん!!」

「……やってられるかああああ!!!!!!!!」

ここでとうとう、本音を吐露して思い切り叫んでしまった。
ああ、つまりおれは正義の戦士なんだろーよ結局。でも、何で戦わなくちゃいけねーんだ。月の王国なんかどうでもいいし、おれは普通にコックになりたい平凡な学生なんだよ。
ここへ来て、やっと我に帰った気分だ。
「あ、ちょーっと待ってよーう!」
くるりと背を向けて立ち去ろうとしたおれに、白鳥が慌てて声をかけるが。
知った事かとぶつぶつ口の中で呟き、校門に向かって歩き出したところ。

「…………!」

誰かが、立っていた。
外套で逆光になってて、おれの方角からだとシルエットしか見えない。
しかし、腰には刀らしき物が3本もあるのは判る。銃刀法違反だぞそれ、完璧。
「月影の剣士……!」
おれを追ってきた白鳥が、そいつを見てハッとしたようにそう口走った。
誰だそれはと尋ねると。
「あちしは妖魔を倒す力は無いから、あなたをまず探し出さなくちゃならなかった。でも、妖魔が現われると、一応その行方を追ってはいたのねい。そしたら、あの男も必ず姿を現すのよう…!」
そして、あの剣で妖魔を倒すのよう、それはもーう見事に!と、白鳥が言う。
「バンダナで顔を隠している、正体不明の男よ。あちしたちの敵ではないけれど、多分…」
でも、妖魔を倒している目的が判らないのよねい、と。
「ちなみに、「月影の剣士」ってのは、あちしがつけたニックネームよう。世間で彼を目撃した人間達は、「ハラマキ仮面」って呼んでるらしいけどーう。あちしと違って、セーンス無ーいわよねーい!」
白鳥の言葉の最後の方を、おれは聞いていなかった。
雲に隠れてた月が姿を現し、今度は男の姿をはっきりと視界に捉えた途端。
思いもかけない感情の波に襲われて。



黒いバンダナで影になり、確かに顔ははっきりとは判らない。
筋肉の締まった精悍な身体つきと、腰の刀の迫力に圧倒される。若干、その腰に纏う緑のハラマキにツッコミ入れたい気持ちもあるが。なるほど、ハラマキ仮面か。
その男に。
今すぐ走り寄り、その身体に触れたい程の衝動に襲われたのだ。突然に。
懐かしい気すらする。会った事も無い人間なのに。
何故─────


何故心に、不可思議な痛みと切ない程の愛しさすら込み上げるのか。


男が、おれに気付き視線を向ける。
その視線が、おれと同じような感情の波を覗かせているような────
そんな気がしたのは幻か。




「あ、待てよ…!」
その男を見詰めたまま呆けていたら、そいつが視線を外し、突然校舎に向かって走り出した。
慌てておれも、その後を追う。帰りたい気持ちは、そいつを見た時に吹き飛んでしまっていた。
もっとちゃんと見たい。話したい。そして触れたい。
…こ、これってもしかして恋!? このおれが、男相手に!?;;;;;
思考が混乱しつつも、風のように凄いスピードで走ってゆく謎の男───とりあえず、白鳥がつけた「月影の剣士」とでも呼ぶか、名前知らないし───を必死で追う。
白鳥が後ろの方で「待ちなさいよーう、あちし、この姿だとそんなに速く走れないのよーう」と喚いているが、はっきり言って知った事じゃなかった。




階段を駆け上がり、廊下を駆け抜け、もうどのくらい走ったのか。
「ま、待て、よ…!」
走りながら男に向かい、乱れる呼吸から必死で呼びかけるおれに。
「来るんじゃねェ! テメェが何者かは知らねーが、早く帰れ!」
という、冷たい返事が返ってきた。
「妖魔の気配が強くなってる……帰れ!!」
またしても、追い返そうとする言葉。それに反論しようと思った、その瞬間。

「うわッ!!」

おれの目の前に、天井から人間が降って来やがった。
いや、人間の姿かたちをしてはいるが…目が爛々と紅く輝き、口元からは牙が見える。恐ろしい形相…これが、妖魔というヤツか…?
怯んだおれは、その化け物じみた相手に飛びかかられ、床に押さえつけられていた。
「…ちッ……」
それに気付いた剣士が腰の刀を一本抜き、こっちに駆け寄ろうとするが。
それより一瞬早く妖魔が、おれを抱えて後方へと飛んだ。
『寄るな…それ以上来たら、コイツの首もナニも切り刻んでやる…!』
そうしわがれた声で、おれの首筋に長い爪を当てながら言いやがった。
こいつがやはり通り魔の正体か!
切られてたまるかと思いつつ、妖魔の爪は長く鋭く、確かに刃物のように切れそうで、おれは動く事が出来なかった。
「テメェ、いい加減にしやがれ。おれはお前らの気配が判っちまうから、悪さする度にうるさくてしょうがねェ」
そう憮然と男が言い放ち、刀を三本とも抜いた。両手と、口に咥える姿にも、何故か胸が高鳴った。
だけど、物語のお姫様じゃあるまいし、ただ助けられるのを待つだけなんて、性に合わねえ。

何か、事態を打開できる物はないか。
武器がわりになるもの……。

喉元を押さえつけられながらも、必死で周りに視線を巡らす。
その時、何かがおれに向かって飛んできた。
「!」
妖魔もそれに気付き、一瞬注意がそちらに向く。
その瞬間に、月影の剣士が動いた。目にも止まらないスピードで、猛然と妖魔に向かい近づき、刀を振るう。
その剣の速さと重さに、空気が震え風が起こり、耳が一瞬痛くなった程の攻撃。
さすがの妖魔も、その凄まじい太刀筋に、おれを離し飛び退った。
突然突き放され、体勢が崩れながらもおれは、こちらに向かい飛んできた何かを手に取る。
「!?」
掌に収まったそれは、先程のホーリースティックことアレだった。
脱力しかけたおれに、鋭い声が飛んでくる。
「サンジちゃん!! そのスティックで必殺技を決めるのよーう!!」
「ひ、必殺技!?」
「呪文を唱えるのよう! ×××ヒーリングエスカレーションよーう!!!」
…ツッコミ入れたい。ああ色々ツッコミもしたいさ、けれど。
剣士に向かって、体勢を立て直した妖魔が襲いかかってゆくのを見て、おれは頭の中が真っ白になった。


「×××ヒーリングエスカレーション!!!」


どうにかしたい、剣士を助けたい一心で、白鳥の言う通りに叫ぶ。
途端、ごうっと轟音が響き、完全にいきり立ったスティックの先端から、光が満ち溢れた。
その光が円を描き、閃光となって妖魔に放たれる。
『うわああ!!!』
光は標的に直撃し、妖魔が身を捻り叫ぶ。
「やった!!」
その様子を見て、思わず歓喜の声を上げたおれだが。
「まだだ!」
月影の剣士が、そう言い放ち妖魔に刀を振りかざす。
三本の刀の中でも、特に妖しい光を放つ紅い鞘の一本を、妖魔の身体に振り下ろした。



『ぎゃあああああああああああああ!!!!!』



凄まじい悲鳴が、校舎に木霊した。



NEXT

BACK