「はー、パネルで部屋の指定すんだなー。なあゾロ、どれがいい? おれココがいいんだけど」


部屋のパネル写真を見ながら、はしゃいでサンジが選び、指定する。
入口すぐのロビーは無人で、パネルのボタンを押すと、カードキーが機械から出てくる仕組みになっているらしい。
部屋の写真はいろいろあるが、どれも豪華──ゾロに言わせると悪趣味──で、表示してある値段は、部屋ごとに差はあるものの、どの部屋もなかなか高い。ゾロとしては、こういうホテルに泊まった事は無いので、他と比べようはないのだが、それにしてもこれは、連れ込み宿系にしては高い部類に入るのではなかろーかと思う。
「あ、心配すんなよ。おれが奢るからさー」
バラティエで働いてた頃のへそくりがあるんだーと言いながら、サンジはボタンを押し、鍵を受け取った。

「よっしゃ、行くか」

気合を入れると共に、ゾロの腕へと自分の腕を絡めてきた。
「おい…」
嫌そうに離れるゾロに、
「おれら一応カップルだぜ。腕くらい組むだろー普通」
と言ってはみるが。絶対腕なんぞ組まねーぞオーラを放出しているゾロを見て諦める。
「ったくよー、不自然に見えるだろー。もう少しカップルらしくしろよ」
仕方なくサンジは、腕を諦めて、ゾロの服の裾をちょっとだけ握った。
かなり控えめになった行動に、ゾロは一瞬迷った表情を見せたが、結局そのままの状態を許して、二人で部屋に入室した。

 

 

一歩部屋に入り、扉からすぐの所にあった白い大きなボックスを、「冷蔵庫かな。ホテルのにしちゃ大きいな」と呟きながら、不思議そうに見たサンジが、突然笑い出した。
「ゾロゾロゾロ、これ見てみろよ〜〜〜!!」
「?」
何だろうとゾロが、それに近づく。そこで見たものは
「…………………何じゃこりゃ……………」
何と、いわゆる「オトナのオモチャ」他アダルトグッズいろいろの自販機で。
基本的なピンクローター、バイブレーターの他に、避妊具やら、果てにはSMグッズまで売っている。
「こんなんの自販機、初めて見たー!」
サンジは大ウケしている。今にも「記念に」とでも買いかねない勢いだ。
「アホか………」
呆れて、ゾロはさっさと通り過ぎて部屋の奥に入る。
そこに広がる、ゴージャスな世界。シャンデリアやらふかふかの絨毯やら、逆に落ちつかない。
広すぎるベッドは、これまた逆に寝にくそうな気がする。
そもそも、一つしかないという事は、サンジと同じベッドで寝るという事で。男同士だし、それも何だか気色悪い。
部屋を見渡すと、なかなか広いソファが設置してあったので、刀を置き、ここで寝るかと横になる。
「おい待てよ、風呂くらい入ってから寝ろよ」
「そうしてぇのはやまやまだがな。…………ソレに入れと?」
ソレ、と指差した先にあるバスルーム。
淡いオレンジが基調の広い空間に、城の物ではなかろーかと見まごう程の広く豪華な浴槽がでーんと設置されている。装飾も豪華で、造花まで沢山あしらってあったり。奥の方には、小さなサウナまであるようで、ドアが見える。

そう、「見える」のだ。ここからもバッチリと。
そのバスルームは、寝室から中が丸見えの、ガラス仕様の壁の代物だった。

「はは。すげーな。まあ気にすんなよ、男同士だしさ。裸見て恥ずかしーも何もねーだろ? おれもイチイチてめェの裸なんて見ちゃいねーよ、クソ面白くもない」
サンジが気楽な声で言う。
そのセリフにゾロも、「確かにその通りだな」と考え直す。
「銭湯みてーなモンだと思えば。何なら一緒に入るか?」
「いらねぇよ、アホ」
サンジの申し出(?)を丁重(??)にお断りし、ゾロはバスルームへと向かった。


僅かな時間で、広いけれども浅めの浴槽には、なみなみと湯が張られた。
それを確認して、服を脱いだゾロは湯船に入る。
(中から外は見えねーんだな……)
ゾロからは、寝室のサンジは見えない。マジックミラーという奴だ。
「話には聞いたこたあるけど、実際こーゆーの見るの初めてだな…」
何だか落ちつかない。広すぎる風呂も。
ムードを盛り上げる為かは知らないが、ぼんやりとしたオレンジの光や、浴室全体に広がる甘い香りは、自分には本来とことん無縁の物だ。
落ちつかずきょろきょろと辺りを見まわすと、シャンプーやらリンスやらボディソープやらに混じって「デリケートな部分の洗浄に」などと書かれた、謎のソープまである。
何かもう、「ヤる」事に関して、まさに至れり尽せりだ。
だがしかし。
(アホらし……。何でおれ、こんなとこサンジと来てんだろう……;)
別に、女相手でも来たいと思える空間ではないが。それにしても。

うだうだと、今の状況に改めて疑問を持ちつつ、ゾロは浴槽から出てシャワーの栓を捻った。

 

 

わしわしと頭を洗うゾロを、寝室のベッドに寝転んだまま、サンジはじっくり観察していた。
「やーっぱ、イイ身体してんなー」
”イチイチてめェの裸なんて見ちゃいねー”などとゾロに宣言しておきながら、サンジは見事に己のセリフを裏切っていた。
「なーんか、おれが見てないとは思っていても、微妙に警戒してやがんな。こっちに身体向けねーでやんの」
×××の大きさ調べてやろーと思ったのにぃと、サンジは舌打ちした。
俗っぽい感覚ではあるが、モノの大きさは、何故か男の矜持に関わるものだったりするので。
他人にサイズで負けるのは、みょーに悔しいのだ。
特に、色々と張り合っているゾロには、ここで負けたくない。今まで、上半身の裸は見る機会は、幾らでもあったが、下半身までは見た事が無い。比べるいいチャンスだと思ったのに。
「ええい、こっち向け!」
小声のサンジの願いを、マジックミラーの向こうのゾロは叶えてくれそうにない。
だが。

「ふーん。ケツの筋肉も見事っつーか。いいなー」

背後しか見えないゾロを見ているうちに、そこに目が行った。
綺麗に筋肉を付けたゾロの身体は、尻の部分の筋肉もきゅっと引き締まっていて。
女性より皮脂が多い男性にはよく見られる、尻の吹き出物跡などもなく、綺麗な肌をしている。
「すべすべしてそー。触り心地良さそうだな、あれ」
じーっと見ているうち、サンジの心に、「イケナイ好奇心」が芽生えてきてしまった。

場所はラブホ。
ベッドもゴムも何から何まで揃っていて、邪魔の入る心配も無ければ、周りに気を使う必要も無い、し。
……………………。
「……バックって、すげーイイって言うよな…。締まりとかが…」

しばらく無言で、バスルームのゾロを見ながら何事かを考えていたサンジは、「よっし」と一言呟き、先程の「自販機」に向かった。

 

 

自販機にお札を入れ、ボタンを押す。
がちゃんと音を立てて出てきた物は、白いチューブ状の入れ物に入ったローション。
蓋を開け、透明でゲル状の中身を少しだけ指に取る。
親指と人差し指を広げたりくっつけたりしながら、糸を引かせて滑りの度合いを確かめる。
「ん、いいカンジ」
なかなか満足の行く粘り気だったらしく、にんまりとそれを持ってベッドへ戻った。
それとほぼ同時に、ゾロがバスルームから出てきた。しっかりと脱衣所で衣服は身につけて来てしまっている。
「あー、着なくて良かったのに。またすぐ脱ぐんだし」
「は? 何言ってんだお前」
言われた事の意味が判らず、ゾロはサンジに問いかけた。
「ここやっぱラブホだしさ」
「だから何だよ」
「えっちな事しようって言ってんの」

 

………………………………………………………………………

 

沈黙はどのくらい続いただろうか。時間にして一分も無かったとは思うが。
だが、完璧に呆けていたゾロはともかく、サンジには長く感じられた。

「馬鹿かテメェはー!!!!!!!」

漸く言葉を発したゾロのそれは、まさに絶叫というやつで。その叫びで逆に自分が我に返り、慌ててきょろきょろと周りを見まわしている。
ここが一応、公共の宿だという事を、叫んでから思い出したらしい。
「安心しろ、ラブホは大抵防音は完璧だ。周りに迷惑はかけちゃいねーよ。だけど、も少し静かにしろよ、おれが五月蝿い」
「てめ、誰のせいだと……」
わなわなと怒りに震えながらゾロが言う。
「ナニかするわけじゃなくて、単に泊まりたかっただけだろ、テメェはよ!」
「んー、そうだったんだけど、気が変わった」
すとんとベッドに腰掛けて、下から見上げる。

「てめェと寝てみたいと思ったんだけど」

遊びや普段の軽い雰囲気ではなく、女を本気で口説く時のモードに切り替える。
話し方も、視線も。
ゾロは女じゃないし、朴念仁だから、どこまで通用するかは、やってる本人も疑問ではあったが。それでも、セクシャルな雰囲気には弱いというか、戸惑いを見せる性格な事は知ってるし、雰囲気と勢いで押してしまえば、全く通用しない事はないだろうと踏んだのだ。
それに、サンジは実を言うと、男にも結構モテてたりする。
性格は外見に比べると荒っぽい事この上ないが、これで意外と男気あったりするし、とにかく見た目が綺麗なのは確かだし。
サンジ自身は男に靡く気など無かったが、何度か言い寄られている内に、どんな態度が相手を刺激するのかなども、何となく判るようになっていた。

「一度だけでいいし」

見上げる視線に呑まれそうになり、ゾロは戸惑う。
薄暗いこの部屋で、陰影に彩られたサンジの顔は、妖艶にも映る。

「な、ゾロ」

そしてこんな時に、さっきのロビーでの行動を思い出した。
腕を組むのを振り払われた後、少し寂しげに、服の裾を握り締めた。
服装でいつもと印象が違うせいもあったが、そんな行動を、ちょっとかわいいと思ってしまった事を。

「……なあ」

再度呼びかける声に、ゾロは流され、堕ちた。
この奇妙に空間に、どこか飲まれていたのかもしれない。
「……一度だけだ」
「ああ」
「後悔すんなよ」
ゾロが言いながら、ベッドへと近づく。
肩に手をかけられたサンジが、にっこり笑い、


「てめェがな」


と言うなり。
目にも止まらぬ早さで、肩に掛けられたゾロの腕を思いきり引き、その足を蹴りで払った。
「!!!」

 

気付くと、ベッドに押さえつけられているのはゾロの方だった。

 



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