「頼む!おれとラブホ入ってくれ!!」

 

ゴーイングメリー号にて。深夜のキッチンにいたのは、サンジ&ゾロの同年コンビ。
ちなみに他の皆はもう寝ている。
ゾロがいつも通り酒を捜しにきたら、珍しく未だサンジが起きていたので、何してんだと尋ねた言葉に返って来た台詞。
…全然答えになってないばかりか、予想外の物すぎてゾロは驚きのあまり顎が外れかけた。

「ハァ!?」

顔にしたら(゜□゜;)←こんなカンジだろうか。
「おま………、いったい、とつぜん、なに……」
驚愕のあまり、言語中枢も微妙に崩壊しているゾロに対して、サンジが憮然と、しかし若干恥ずかしそうに言う。

「だって、おれ、入ったことねーんだもん……」

 

 

発端は、夕食後の皆の会話。
ちなみにこの頃のメンバーは、ルフィにゾロ、ナミ、ウソップとサンジで。
次の食料調達予定の島が近づいている為、行動や宿などの予定を立てていたのだが、その時に、サンジが加わる前の島での話題になったのだ。
「あん時は大変だったよなー。宿全然取れなくて。その上、船も薬物など積んでないか調べる為に押さえられて。中にも入れてもらえなくてさ」
ウソップがしみじみと言うと、
「泊まる所見つからなくて、結局ゾロはその辺で野宿してたみたいだけど、私はそうはいかないじゃない? で、ルフィとウソップと3人でラブホテル飛び込んだのよね」
と、ナミが笑いながら言う。
「ら、ラブホテル!!??」
そこでサンジの絶叫が響いた。
「ナミさん、こんなケダモノ達と一緒に、そんな所へ! あ、危ないじゃないかああ!!」
「おいサンジ、てめーじゃあるまいし、おりゃ怖くてナミには手なんて出せねーよ」
ウソップの言葉を無視し、サンジは「大丈夫でしたか、ナニかされませんでしたか」とひたすらナミを気遣う。
「こいつらは別に、そーゆー意味では危ない事ないけど、入る時恥ずかしかったわよー。男二人に女一人でしょ。変なプレイっぽいじゃない」
「ナミさん、無防備すぎだよ;; 何時こいつらだって狼になるか判らないんだし…。男二人相手じゃ逃げられんねーだろうに…危ないっすよ!」
「だからおっかなくってンな事しねーっての…。結局ベッド使ったの、ナミだけなんだぜ」
「ラブホテル? それ食えるのか?」
今まできょとんと話を聞いていたルフィが、口を挟んだ。
「食えねーよ! ってか、お前……意味判らないまま入っていたのか?」
サンジは呆れるが。
「意味わかんねー奴だろーと、雰囲気に飲まれてソノ気になる事もありえるんだし!ナミさん、もうそんな無茶な事は…」
「ああでもね、ラブホっていっても、安い所だからね、そんなに思いっきり「ラブホです」ってカンジの妖しい装飾とかじゃなかったのよ。ベッドが大きい事以外は、普通のビジネスホテルと大差なかったわ」
だから別に変な雰囲気とか無かったし、と、おたおたしているサンジを尻目に笑う。
「まあでも次の島は、確か宿は沢山あるし、今は旅行なんかもオフシーズンだしね。そんな事にはならないから大丈夫よ」

そんな会話をしていたのだが。
サンジは少なからずショックを受けていた。

(ナミさんだけじゃなく、あのお子様なルフィやウソップまでラブホ経験あるとは…!)


実は、サンジはラブホテルという物に入った事が無かった。
女性と付き合った事が無い訳じゃない。むしろ、経験はそこそこある方だ。
だが、海のど真ん中のバラティエには、当たり前だが近くにラブホなんぞ無かったし、それに、たまに陸へと上がり、女性と「そーゆー事」をする機会があった時でも、シチュエーションとスマートさを最大限に重視するサンジは、いかにも「てっとりばやくSEXします!」というイメージのラブホへ誘う事はしなかった。
ちゃんとした有名ホテルの一室を用意したり、女性の部屋にお邪魔し、料理を振舞いつつムードを高めたり。
何だか、女性と会って「ラブホテル行こう」とは言い出しにくかったのだ。本当は、行ってみたい気はずっとしていたのだけど。
まあそんな訳で、ラブホ未経験なのだが、ルフィやウソップにまで経験で負けてると思うと、それが本当に単に泊まるだけだったとしても何だか悔しい。

 

 

「てな訳で、おれとラブホ入ってくれ、ゾロ」
サンジはきっぱりとまた言うが。
「…ちょっと待て。お前が行ってみたがってるのは判った。だが、大切な所が間違ってないか?」
「ん?」
「お前は男だな。で、おれも男だ。この場合、誘うならナミか現地の女だろう」
呆れ言うゾロに、これまた呆れたようにサンジが言い返す。
「てめぇ、おれの話聞いてなかったのか? 女の子にラブホ行こうなんて言ったら、「ヤラせてくれ」と、下心まるだしにしてるのと同じ事じゃねーか。おれは女の子相手にはそーゆー所、スマ−トに行きたいわけよ」
「だから男ってのか?」
「最近は、男どーしでも入れるらしいぜ? 何もおれらでナニかしよーって訳じゃなくて、ちょっと泊まってみたいだけなんだよおれは」
そういう問題なんだろうかとゾロは頭を抱えるが、サンジにとってはそーゆー問題らしい。
「どうせ野宿だったてめェも、ラブホ経験ないんだろう? 今後何かの時のために経験積んどくのも悪かねーと思うけど」
「そんな経験いらん。てーか、男同士で、ンなトコ入るマネなんざしたかねェよ!」
思わず声を荒げたゾロに、サンジが言う。
「端から見て、男同士に見えなきゃいいのか? 何ならおれ女装するぜー」
「は、テメェの女装なんざ気味悪くて、見る奴が悲鳴あげて逃げ出すぜ」
ゾロの冷笑に
「てめ、見た事もねーくせに。じゃあマジおれが違和感なく女装してたらどーする?」
青筋立ててサンジが言う。
「レースヒラヒラの服着て頑張るってか? 見た瞬間に爆笑してやるがな。はん、てめェが本当に女に見えたら、ラブホでも何でも入ってやろーじゃねーか」 
睨み合いが続く中、売り言葉に買い言葉でゾロはそんな事を言ってしまった。
「……言ったな?」
ニヤリとサンジが笑った瞬間、「まずい事言ったかな」とは思ったものの、どう考えても長身で、細身とは言っても女よりはやはりガタイがしっかりしているサンジに、女装が似合うとも思えない。せいぜい出来たとして「オカマバーのホステス」くらいの印象の物だろうと思う。
「次の島が楽しみだぜ」
睨み合っていた視線を外し、サンジの言葉が不吉に響いたが、ゾロは気にしない事にして、手に持っていた酒を煽った。

 

 

さて、予定通りに島に到着し、宿を取る時に。
「ナミさん、おれとゾロは別に予定入れちゃったんで。宿は別に自分らで取るよ」
と、サンジが申し出た。
「明日は買出しなんだから、遅くまで二人で飲んでるんじゃないわよ」
ナミは、二人が飲み屋を梯子でもする気なのだと踏んだらしい。そう注意して、ルフィ達と宿に入って行った。
「さぁて、と。服買いに行くかなー。あ、ゾロ、とりあえずそこの店でテキトーに飲んでろよ。すぐ戻ってくるからさ」
先日の話はやはりマジだったらしいと、ゾロはうんざりするが。
すっさまじく長い足をガニ股気味に、のっしのっしと歩いていく背中は、どう見ても男にしか取れず、女装なんぞが似合うとは、やはり思えなかった。

 

数時間後。
サンジに指定された港町の繁華街の一件の居酒屋で、ゾロはまだ酒を飲んでいた。
「すぐとか言って、遅ェじゃねーか」
なかなか戻ってこないサンジを置いて、もうルフィ達の居る宿に入ってやろーかと思い始めた矢先。
店の男共の視線が、何となく入り口に集中したのを感じた。
「すげー、背高ぇ女だなー。何かのモデルか?」
「え、あれ女か?」
「女だろ。だってすげえ美人だぜ。細ぇし」
なんて台詞が、ざわざわと聞こえる。
(まさか………)
不吉な予感に振り向くと、そこには案の定
(サ……サンジ………;)
が居て。
ゾロに気付き、入口から手を振って笑いかける。とことことこっちに向かってくる歩き方も、先程のようなガニ股ではなく、しゃんとした姿勢で。
少々乱雑な雰囲気のせいか、荒くれた雰囲気の男達ばかりなこの店内で、サンジはやたら目立ち、人目を引いていた。

白い、襟元にファーの付いたハーフコートから、同じく白のタートルネックの薄手のセーターが覗く。足元は黒のスニーカーで、これまた黒の細身のジーンズが長い足を強調する。グレーのニット帽を、少々目深に被ったその姿は、中性的で。
つまり、男にも女にも見えるのだ。服装は、今時男女どちらもよく着るカジュアルな物であり、どちらにも取れる。
だが、場所が場所であり、周りにはゴツい荒くれ男ばかりのこの場所では、その細さや肌の白さ、整った顔立ちが、周りと比べて余計に強調される。
この辺は実は、ゾロにこの店を指定したサンジの計算だったのだが、まんまとゾロを始め、店の男達はこの計算に引っかかった事になる。

周りの客が、ヒューと口笛を吹いてにやにやと冷やかすのを、綺麗に無視してサンジは店の奥まで歩き、ゾロの席の隣に座る。
「よぅ、おまたせ。で、どうよ、出来は」
「…………………」
「周りのヤロー共は認めてくれてるみてーだけどな」
にっこりと笑った顔は、髭は綺麗に剃ってあり、ほんの少しの髭剃り跡を消す為にか、薄くファンデーションを塗っているようだった。だけど、派手な化粧などはしていなく、逆にそれが、オカマチックな女装になるのを回避していた。
下手に女の子らしい可愛い格好をすると、やはり自分は男なのだから、違和感が出るのは判っていた。だったらボーイッシュ系を狙うかと、元々中性的な顔と着痩せする体質を最大限活用する作戦を選んだのだ。
この地域が結構気温が低いのも、作戦には有利だった。肌を露出し、体型がバレる服装の春や夏では、こうはいかない。
「しかしあちーな、ほら、コート脱いだらさすがにバレるからよ。このコートだけ実は女物なんだよな、後でナミさんにプレゼントするかなー。でもデカイかな……。まあそりゃともかく、さっさと行こうぜ」

ラ・ブ・ホ・にv

と、ゾロの耳元で囁く。実に楽しそうに。
「ほら、一応雑誌とかの特集で、この辺で良さげな所の目星付けといたんだぜv」
と、手に丸めて持っていた男性向けの雑誌を広げ、地図と写真を示す。
「う………、おれはまだ認めたわけじゃ……」
「何言ってんの、男らしくねーぞ。最初、おれ見た時のあんたの表情、再現してやろか? もンのすげぇ、ぽかーんとしておれに見とれてたく・せ・にvv」
否定したいが、確かに見とれていたのだ。唖然としていたとも言うが。
正直、フリフリの服など着てきて、笑えると予想していたのだ。だけど、今のサンジは普段見ない白系で、カジュアルな格好。
はっきり言ってかなり似合ってる。その繊細さは確かに、一瞬女かと思えたほどで。
それをムキに否定 するのも、サンジの言う通り、男らしくないかもしれない。
こうなったらヤケだとばかりに、ゾロは立ちあがった。

「わーった。行ってやる。ほら、サン子」
その台詞にサンジがこけた。
「何こけてる。女なら「サンジ」じゃなくて「サン子」だろ、やっぱ」
「サン子はやめれ!! オ●マン・サンコンみてーじゃねーか! せめてもっと可愛い名前つけろ!!」
「どんなんだよ」
「えーと……えーと、サンジだから、……うう……サンジーヌ……サンジェリーク……」
「行くぞサンコン」
悩むサンジを尻目に、支払いを済ませたゾロは店を出て歩き出した。

「違う!
 いや、サンコンも違うが、方向もだ!! 逆だアホ!!! 地図見ただろーが!!!」

 

 

ここまでがプロローグ。
物語はここから始まる────(なんて仰々しいものでもない)



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