「………………何だここは」 旦那さんの質問に 「えー………と。…博物館みたいなもん?」 奥さん、何となくはっきりしない答えを返す。 旦那さんことロロノア・ゾロ。 グランドラインカンパニーという商社に勤めるリーマンである。 この夏、めでたく結婚したばかり。いやめでたいのか何なのか、ほとんど騙まし討ちで、婚姻届に判押すはめになったようなもんだけど。 騙まし討ちかました押しかけ女房さんは、サンジという。 明るくかわいく料理上手な、まさに良妻。……男だけど。 ちなみに今は、新婚旅行の真っ最中である。 旅行先は、若いカップルにしては渋い選択地、熱海。 和風好みで、外国に気乗りしない旦那さんと、飛行機ギライの奥さんは、特にもめる事も無く、ここへの旅行を決めた。 その初日。 奥さんことサンジが、行きたい所があると言い出し、旅館に到着し荷物を置くやいなや旦那さんを連れ出した場所で、一行目の会話になった訳である。 ロープウェイに乗り、着いた山の頂上。 景色も空気も上々。少し向こうには、復元された昔の城などもあって、ゾロの興味を引く。……しかし。 今、ゾロの目の前には、何だか怪しげな物体がある。 (人魚?) 色褪せた、安っぽい人魚の像。その上にでっかく「熱海秘宝館」の文字。 サンジは博物館みたいなもんなどと言ったが、どーもそんな高尚な建物には見えない。 隣でサンジがぶつぶつと、そーかー秘宝館知らないのかーなどと呟いている。 「とりあえず入れば判るって。行こ」 怪しげな雰囲気に立ちすくんでいた旦那を引っ張って、さっさとチケットを買い、中へと踏み込んだ。 「……………………………………サンジ」 一歩入った途端脱力した旦那さんが、脱力しきった声で奥さんを呼ぶ。 「なあに? アナタvv」 「…………何だじゃない。これのどこが博物館だ…………」 「博物館だろ? 下半身の」 しれっと言われた言葉。それはある意味正しいのかもしれないが。 二人の目の前に、でーんとそびえる、丸太で作ったような男性の×××。 これを見た途端、旦那さんが脱力したのも無理はない。 「昔からなー、コレを崇める土地って多いらしーぜー。子宝の守り神って。俺らの場合はちと無理だから、夫婦円満の神ってとこかなー♪」 「アホかーーー!!!!」 旦那さん叫んで、戻ろうとする。 「待てって。ここ入るの高かったんだぜ; 折角だから最後まで見なきゃ金が勿体無いー」 何せ入場代だけじゃなく、旅館からここまでのタクシー代だってかかっているのだ。サンジが連れ出したんで、サンジのおごりで。 「一度来てみたかったんだよ。どんなんかって思ってさ。な、後で一緒に城見学でも何でもするから、ちょーっと付き合えよ。ちょっとだけ」 そう言って食い下がる。 下手に出られると少し弱い旦那さんは、そこでちょっと躊躇してしまい、気付いたらずるずると奥へと連れられてしまっていた。 ストイックな旦那さんとしては、性的な事に関しては、今のご時世どんなにマスメディアに氾濫してようと、あまり興味は無かったし(だから秘宝館なんて存在も知らなかった)、話題にする事も少なかった。 はっきり言って、慎みのないそういう風潮には嫌悪感すらあるのだけれど。 「なーなー、これ見てみろよゾロ」 サンジが手元のハンドルを回すと、ガラスケースの中の、マリリン・モンローに似せたマネキンの下から、風が吹いた。 途端、「いやーん」という声が響き、マネキンのスカートが捲れあがる。 「ば、馬鹿馬鹿しすぎ……」 サンジが腹を抱えて笑っている。ゾロとしても、呆れ脱力しつつも、ここまでアホらしいと、かえって笑えてくる。 一応AVなども放映されてりしているのだが、ここまで来ると、全く劣情を刺激する事はなく、むしろ笑いを取る目的で館自体が作られているのではとすら思えてくる。 いや一応、性についての歴史やら、男性性器崇拝の実情とか、真面目に性を語ってもいるのだが。でもそんな真面目な個所は一部分で。 全裸の女のマネキンの身体中を、立体映像の一寸法師がちょこちょこ這い回ってたり、オッパイ型のボタンを押すと、マネキンがちちくりあい始めたりで、もう何が何だか。 嫌悪感以前の問題で、はっきり言って笑うしかない。 「お、すげー!」 更に先に進み、出口付近のアダルトショップに辿りつく。 新宿などに多くある、小さなアダルトショップと違い、大人のオモチャというよりは、お笑いグッズとしか取れない品物がでーんと並んでいる。 オッパイ型の菓子だの、あからさまな名前の精力増強の食べ物だの。 サンジは面白がってはしゃいでいるが、ゾロはまともに見る気すらしない。 「……こんなんじゃ、知人への土産にすらならんだろーが…」 「え、そう? これとかどう?」 びろーんとサンジが目の前につきつけたのは、大判のハンカチ。それは別にいいのだが、問題は柄だ。 「48手ハンカチだってさー♪」 そのまんま、春画風の48手の図がズラーっとハンカチに描かれている。 ご丁寧に名称付きで。 「これ可愛いよなー。買おうかな」 ゾロにしてみれば、そんなのを可愛いなぞと思う神経が判らない。 そのハンカチと、適当な菓子を手にレジの中年の女性に渡しているサンジに、呆れながら目を向けると。サンジが興味深げにレジにあるショーケースを眺めている。 その中には、いわゆる完璧な「大人のオモチャ」と呼ばれるグッズが並んでいて。 紫やらピンクやら、趣味悪いド派手な着色のゴムの商品。まんま男性器や女性器を形どった、一見かなりグロい道具。 「サンジ、ぜってー買うなよ!」 思わず叫んだ言葉を、奥さんも主語は無くとも理解したらしい。 「ち、バレたか……」 などと呟いている。 冗談ではない、あんな物サンジが手に入れた日には、自分がどんな目に合うのかが容易に想像出来る。 何せ奥さんは、婚姻届の「妻」の欄に名前があるにも関わらず、旦那たるゾロの方が実は受け入れ役を強いられてたりするので…。 強いられるという言葉は言い訳で、結婚前の半同棲生活の時から、その立場に対して、頑とした抵抗をしてない自分もまずいのかと、漠然と思わなくもないのだが。 そりゃあ初めて押し倒された時は混乱し抵抗もしたものだが、なんだかんだで慣らされてしまったよーな。 サンジに言わせると、「こーゆー事許しちゃうんだから、お前俺の事好きなんだよ、もっと自覚しなさい」てな事になるのだが。 (自覚が足りないのはどっちだか……) 別にそんな事言われなくても、何で自分が色々文句も言いつつ、それでもこうして結婚までしてるのか、サンジの方が判ってないんじゃねーかと思う時もある。 まあそれはともかく、自分の身体の為にも、サンジに下手げな物を買わせる訳にはいかない。 どういう神経してるのか知らないが、そういうアブノーマルな物を使いたがる傾向があるのだ、サンジは。以前も酒に怪しげな薬盛られたり、縛られたりした事もあるゾロとしては、さすがに学習能力が付いていた。 ゾロの牽制に、わかったよーと返事を返して、サンジが戻ってきた。 「あとちょっとで出口だぜ。付き合ってくれてありがとな」 殊勝な言葉にちょっと驚きつつ、無言で頷き先へと進む。 「でもさーなかなかここも笑えたろ」 「………そーだな」 「ここ出たら城見に行こうなー。熱海城。鎧とか剣とかも色々展示されてるらしーぜ。お前そーゆーの好きだろ?」 「ああ」 そんな会話をしつつ歩き、出口が見えてきた。 「…あ」 サンジが小さく上げた声に、先を行くゾロが振り返る。 「買った品物、店の出口に置き忘れてきちまった;」 「あ? 何まぬけな事してんだよ」 「悪かったな、まぬけで; ちょっと取ってくるからお前先出てて」 ゾロにそう言い残して来た道を走り出す。 深く考えずにゾロはそのまま館を出て、山からの景色を眺めたりしていた。 後にその事を深く後悔する事になるのだが。 暢気に待ってないで、自分もついて戻れば良かったと。 |