「溺愛10のお題」 1〜5


1 【猫かわいがり 】


「かわいくてかわいくて食べちゃいたいくらい」
シンタローを抱き締めて頬擦りしつつ言ったら、真っ青になって泣き出してしまった。
「ど、どうしたの!? パパ、何かした?」
おろおろしつつ問いかけると。
大きな黒い瞳からぼろぼろ涙を流しながら、今年4つになる息子は答えた。
「パパすきだけど、食べちゃやだ、ぼくおいしくないもん」

……愛らしい黒髪の頭の中では、どんな調理模様が繰り広げられていたのだろうか。

ちなみに「目に入れても痛くない程かわいい!」と叫んだ時も、「ぼくを目に入れたら、パパしんじゃうくらいいたいと思うんだけど…」と震えていた。

ああかわいい。
そりゃあもう、ね。食べちゃいたいくらい。


2 【上目遣い】


子供の頃は、ただひたすら見上げていた。
首を直角に上向けても、 あいつが見下ろしてくれなければ表情も見えない。
そんな大きな差が段々縮まって。少しずつ少しずつ、背丈も近づいて。
だけど。

「シンちゃんにそうやってじっと見上げられると、誘われてるのかって思っちゃうんだけど」
「何馬鹿言ってんだッ」

未だ平行には届かない視線。
あれから何年経っても、あいつは俺を僅かにだが見下ろし続けていて、俺は上目遣いで睨む。


でもこんな間近にその顔が見れるようになり、表情が判るようになったのは、少し嬉しいような気がしないでもない。


3 【それが聞きたくて】


「シンちゃん、愛してるよ!」
「それ聞き飽きた。つーか、言いすぎ」
呆れを含んだ息子の視線と声。
「そんな言葉はな、ふつー男は恥ずかしくって一生に数回言えるか言えないかだ」
「そんなもんかねぇ」
「そんなもんなの! 少ししか言わないから真実味があるんだ、こういうのは」

シンタローとそんな会話をしてから二週間。

「………」
何だか、ここ数日不満げな視線をよく向けられる。どうしたの、と聞けば、別にと答えるだけだが。
二週間、か。
こっちもだけど、不機嫌なあの子も限界ってところかな。
近づいて、視線を合わせて。毎日心底思いつつも、言わずにいた言葉を解禁する。

「シンちゃん、愛してるよ」

すぐに顔を顰めたけれど、一瞬嬉しそうに口元綻んだのは見逃さなかったよ。
本当に素直じゃないね。


4 【隣の特等席】


5 【寝顔】


「はー…珍しい」
小さく小さく口の中で呟きながら、隣に眠る男の顔を覗き込む。
色々あって、言葉ではちょっと言えないような関係になって。
こうして同じベッドで眠る事も度々あるのだけれど。
いつも先に眠るのは俺で、先に起きるのはコイツで。…今まで寝顔なんか碌に見た事なかった。

いや。
何度か、先に起きた事はある。
でも寝顔をよく見ようとすると、すぐにこの男は起きてしまう。
「シンちゃん、どうしたの? 早いね」
もう朝?…とか呟きながら。

気配に聡すぎる奴。
そんな時に、ほんの少し心に芽生えるのは、起こして悪かったという気持ちと、警戒されているのだろうかという不安。
勿論そんな思いは口に出来ないから、「何でもない」などと言いながら、再び布団に包まり目を閉じていたものだけど。
俺を特別警戒しているわけじゃない、それは知っている。

”この男が警戒しているのは、自分以外の全てなんだろう”

───そう思うと、何だかかなしかった。


そんな夜を何度も何度も繰り返して。
だから、こんな時間を持てる日が来るなんて思わなかった。どこかで諦めてすらいた。
隣に眠る男の、閉じた瞼。ほんの僅かに開いた唇と穏やかな呼吸。
それをただ見て、聞いている事が何故かこんなにも嬉しい。
心の中で、「オッサンなのに無理するから」なんて、こっそり憎まれ口叩いたりしながらも、隠しきれない笑みが浮かぶ。

その無防備な寝顔に、自分の存在をやっと認めてもらえた気がして、嬉しいのに何故か泣きたくなった。


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