口に出してはいけない。
それが暗黙のルール。

言葉にしたら、全て壊れる。





「は、ぅ…」

熱が入り込む瞬間は、意識して身体の力を抜こうとしているのに、どうしても肩が狭まり強張る。
下腹部の筋肉もきつく収縮し波打つ。これでは、侵入してくる相手にも苦痛を与えているのではないかとすら思う。
自分だって、神経が感じ取るほとんどの感覚は、噛み締めた唇を引き千切りそうな程の痛みだ。
酷い圧迫感。頼むから動かないでくれと思うのに。

なのに。
少しずつ。
それだけではない何かが、脊髄を這い上がるように支配する感覚が。
甘く身体を撫で始める手に、ゆっくりと湧き上がる。

それが嫌いではなかった。

侵食されてゆく。
深く合わされる唇から。
最奥まで穿たれ繋がる下肢から。
痛みと快楽に、侵されて。自分でなくなるような感覚が広がり支配する。
身体だけじゃなく、感情まで。繋がってるのは身体という表面のものに過ぎないというのに。

「ゾロ」

耳元で囁かれる言葉は、意味など持たない。






あの時の会話なんて聞かなければ良かったなんて、思う自分が情けない。





「追いかけるのが好きなんだよ」


甲板で寝転がり、目を閉じていたら、聞こえてきた会話。
サンジとウソップが何か話している。最初は今夜の夕飯のメニューだった筈。
それがいつしか女の話題になり。いや、ウソップはほとんど聞き役で、サンジが過去の恋愛遍歴を披露しているだけの状況のようだったが。
近くにナミがいないのもあってか、遠慮の無い下世話な細かい話の内容が耳に入ってくる。
自分はずっと寝たふりをしていた。
こんな話題に、万が一付き合わされたらかなわない。
「片想いで追っかけてる時が一番いい。あれこれ考えて喜ばせようと努力するのは楽しいな」
「お前、マゾかよ…」
呆れたようなウソップの声もものともせず、サンジは続ける。
「ずっと片想いならいいんだけどな。相手が堕ちたらつまんねェ」
「は?」
両想いになったら嬉しいものなのでは、と、ウソップが疑問を投げかけている。

「つまんねーよ。自分のものになった玩具なんて。沢山遊んだら、あとは飽きるだけだろ?」

その言葉が耳に入ってきた瞬間、心が凍りついたような気がした。
「うわ、最悪…。お前、やっぱりナミがお似合いだ。あいつ絶対堕ちないから」
そんなウソップの声も、ろくに聞いちゃいなかった。






その時からだった。割り切るフリをしなければならないと悟ったのは。
戯れのように仕掛けてきたこの行為に、意味などやはり無かったと判ってしまったから。
優しげな笑顔でふいに接吻けられた夜。何が何だか判らないままに、それでも受け入れた。
最初は、触れ合い熱を放出するだけだった行為。「溜まってんだろ」なんて、下卑た言葉で誘われて、跳ねつけられなかったのは自分。
いつからか行為はエスカレートし、苦痛を伴う快楽を教え込まされた。
それでも何故か拒めないまま、ずるずると。
お互い何も口にしないまま続いていた関係。

底無しに明るいように見えて、どこか暗い部分を持つ。
子供のように感情を現し、でも時折全てを悟りきったような大人の表情を見せる。
矛盾だらけの存在だ。
開けっ広げなように見えて、本当は見せていない本音が、気になったせいかと思う。

だけど、こんな本音を知りたかったのだろうか。
所詮、発散しきれない欲の掃け口なのは判ってはいたが。
心が堕ちれば、目の前の男は自分への興味を失くすなんて。


(沢山遊んだら、あとは飽きるだけだろ?)
(自分のものになった玩具なんて。)


それならば、自分も同じ仮面を被るしかない。
相手への想いは、一欠片も無いのだと。
こんな痛みに苛まれる行為すらも、欲求の掃け口の行為に過ぎないのだと。
全てが、心までの全部がサンジに堕ちたら終わりだ。
自分の思い通りにならなければならない程、執着し続ける我侭な子供のような男が相手なのだから。
それでも触れられる事に悦ぶ身体と、傷を深めてゆく心。


…自分も大概矛盾している。








甲板に寝転んだゾロの瞳は閉じられていた。
だけど、判っていた。起きているだろう事も、会話も聞こえているだろう事も。
だから、だ。

聞こえるように。
一言一句、全部。
目的を持って口にした。

「つまんねーよ」

自虐的に笑みに歪めた自分の表情なんて、見ていないだろう。

「自分のものになった玩具なんて。沢山遊んだら、あとは飽きるだけだろ?」

いや、お前はおれの事なんかいつでも見ていなかっただろう。
どんなに優しく愛の言葉なんて囁いたとしても、絶対におれの物にはならないだろう。
見据えている物があまりにも遠くて大きい、あの剣士は。
近くにいる自分の情など、いざとなれば簡単に切り捨てるだろう。
それなら。
それなら、迷わせてやる。


心が無いフリをして、仕掛けられる行為にお前がどこまで耐え切れるか?


おかしくてたまらない。自分が心を伴わないと思わせれば思わせる程、あの男はおれの事が気になって仕方無くなるだなんて。
その迷いを、恋愛感情と錯覚してしまう程に。
おれがこうして、仮面を被り続けている間は、おれの事がいつだって頭から、離れないだろう?
だけど、真実が伝わってしまえば。
お前はいつかおれを重荷に感じて、自分の道を歩む為におれを捨てるだろうから。
だから、自分は想いを伝えるわけにいかない。
何て滑稽な矛盾。
駆け引きは心の痛みを伴い、今も続いている。






なあ、ゾロ。このゲームに終わりはあるんだろうか。








「…ぃ……、っ」

噛み殺し損ねた声を奪うように接吻ける。
「ゾロ」
唇を触れ合わせたまま呼ぶと、目尻を僅かに湿らせた瞳が開き、視線が交わった。
「………サンジ」
名前を呼び合う。
熱を与え合い、奪い合う。
何度も、何度も繰り返し。





その言葉に、行為に込められている本音は、お互い伝える事の無いままに。








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