年末の大掃除も二日がかりで何とか終わり、お節料理も無事完成。
出来あがりは会心の作で、芸術的ですらある。
年越しそばも、下ごしらえは完璧で、あとは食べる直前に茹でるだけ。

───新年に向けて、さて、あとやる事は………。

と、腕組みして少し考え込んだ、奥さんことサンジは。

「よっしゃ、そろそろ餅つくか」

そう呟き、ぽん、と手を打った。



「うわ、何やってんだてめェ」

物置の中をがさごそと漁ってるサンジに、彼にとって最愛の旦那さんことゾロが呼びかけた。
小さな物置の扉の前には、引っ張り出されたダンボールやら何やらいろいろが、山となっている。
そんな荷物の小山の向こうで、サンジが「あれでもない、これでもない、あれー何処置いたかなー」と何かを探している。
「サンジ、何探してんだよ?」
奥さんの謎の行動に、おそるおそる旦那さんが小山の向こうに呼びかけると、
「餅つくやつー」
と、物の山の向こうから返事が返ってきた。

………餅つくやつ?

ゾロの頭に、さるかに合戦に出てくるような、典型的な臼と杵の映像が浮かぶ。
(んな物あるのか!? この中に!?)
物置の中身は、サンジが嫁入りの際に持ち込んだ物がほとんどである。所帯主のゾロですら、その中身は、全くといって良いほど把握出来ていない。サンジが持ち込んだ家具やら調理器具が、その中に収められている事は知ってはいたのだが、それにしても。
一応調理器具の一種な気はするが、この時代に臼と杵を持ってる家は、そうは無いだろう。
ゾロが驚くのは当然だった。思わずサンジを問いただそうとしたその時、
「あったー!!」
と叫んだサンジが、何かを肩に担いで、荷物の山を掻き分け表に出てきた。
肩にあるのは、ゾロが想像していた物とは違い、大き目の電化製品のダンボールのようであった。
「これこれ、餅つき機!」
結構大きく重そうなそれを軽々と運び、キッチンでダンボールを開けると、中から横長長方形の白い機械が出てきた。
「…モチツキキ?」
「そう、ほら、この釜の部分に蒸したもち米入れて、スイッチ押すだけで餅が出来るんだなー」
問うたゾロに、サンジが説明する。
餅といえば、臼と杵でついて作るか、もしくは工場などの大掛かりな機械で製造するものだと思っていた旦那さん、そんな手軽に家庭でも出来るのかーと若干感嘆してみたり。
「31日はなー、クソジジイと一緒にお節と年越しそばと、これで餅作るのが定番だったんだよ」
正月の準備にと、サンジが子供の頃から、毎年二人で厨房に篭もってこれらを作っていたのだ。
何となく、これをクリアしないと一年が終わる気がしないという、自分の中での恒例行事だった。
「へえ……」
そのサンジの嬉しそうな言葉に対して、曖昧な響きの返事が返ってくる。
「…どしたんだよ?」
ゾロのそんな曖昧な態度なんて、滅多に見れるもんではない。サンジは不審に思って聞いてみたが。
「いや…別に。ただ、そんな恒例あるのもいいもんだなと思ってさ」
そう言って居間へと戻っていく。

(……………?)

その場に取り残された奥さん、何か旦那さんの機嫌を損ねるような事したかなと考え込んでしまった。
(クソジジイとの、正月の恒例な料理とかについて話しただけだよなあ……)
と、しばらく思い悩んでいたが、ふと考えついた。

(────あ、もしかして…)


ゾロはあまり自分の事は話さないが、両親は子供の頃に亡くなっていると以前聞いた事がある。
そして、親戚の若干の援助を受けてはいたものの、ほぼ一人で自立して生きてきた事も。
だから、年末年始の慌しくも華やかな数日間において、家族の恒例行事などは無かっただろう。

いや、もしかしたら、誰かと過ごすという事すら少なかったのかもしれない。




居間では、座布団の上に胡座をかいて、ゾロがぼんやりテレビの年末特番を見ていた。所在無げに時折ちゃぶ台の上のみかんを弄ったりしている。
そこへ、キッチンからサンジが、何かを両手に抱え持ってやって来た。
右手に先ほどの白い餅つき機、左手にはもくもくと湯気を立てる蒸篭。
「これ、餅米な。いい匂いだろー♪」
餅米の入った蒸篭を、ゾロが座っている座布団の隣に置き、機械の電源を入れる。
「100%純粋に餅米だけで作るし、餅米もイイの選んでるからなー、そんじょそこらの売ってる切り餅よか、全然粘りと歯ごたえが違うぜー」
出来てからのお楽しみ、と言いながら蒸した米をセットする。
「今年からコレ、ウチでの恒例にしよーなー♪」
そう言って、にかーっと笑う。
「来年も、再来年も、ずっと毎年一緒に餅つき大会だ。いや、二人きりだから大会じゃねーか」
「…サンジ?」
「そんでレコ大見て、途中で紅白に変えて、サっちゃんと美○のけんちゃんの衣装に爆笑しつつ感動して演歌のあたりで少し眠くなりつつ頑張って、日付変わったらお参りして絵馬書いて、振るまい酒もらってー、ええとそれから…」
「おいおい……;」
べらべら喋り続けるサンジに、思わずツッコミを入れる。「何だそりゃ」と。
「何って、大晦日はやっぱコレだぞ」
胸を張って答えるサンジに、いやそれは何か違うだろうと、またしてもツッコミ入れたいところだが。
言いたい事が何となく判ってしまい、それは出来なかった。

一緒にこうして、大晦日を過ごして行こうという事なのだろう。
これからもずっと。

(余計な気ィ遣いやがって)
さっきのやりとりから、自分が僅かに抱いた複雑な感情を察知したのだろう。我が道を行く性格してるくせに、変に他人の感情に聡いサンジに心の中で毒づく。
しかし、隣に肩を寄せるように座り込んだ相手の温もりは、悪いものではなくて。
今までは、大晦日だろうと正月だろうと、特に何かする事はなく、日常の一日に過ぎなかったが。
こうしていろいろ「恒例行事」を提案されると、特別な日にすら思えてくるから不思議だ。そう思いながら横にセットされている餅つき機を眺める。これから毎年、大晦日にサンジが物置から引っ張り出してくるであろう機械。
サンジがいる限り、毎年ずっと。
妙に感慨深い気持ちでそれを眺めていると、セットされていた機械の準備完了を示すランプがついた。
「よっし、これであとはボタン押すだけ…っと」
サンジが手を伸ばし、かちっとボタンを押すと、ウィ〜ンとモーター音が響いて餅つき機が振動を始めた。それを確認してから、ゾロに向き直り、その背に腕を回して引き寄せた。
「!?」
驚くゾロの耳元に囁く。
「これな、餅出来るまで結構時間かかるんだよな。その間ぼーっと待ってるのも何だし?」
折角いい雰囲気だしとばかりに、サンジが唇を寄せてくる。
「っ、おい! サン……;」
抗おうとした言葉は、重ねられた唇に封じられる。しばらくは腕をじたばたさせながら、塞がれた口の中で、抵抗の言葉を紡ごうとしていたゾロだったが、少しずつ深くなる接吻けにその行動は次第に弱まっていった。
力が抜け始めたゾロの身体を、項を片手で押さえて唇が離れないように注意しながら、上半身を傾けて少しずつ体重をかけ、そっと絨毯の上へと押し倒す。
長い接吻けの後、サンジがゆっくり濡れた唇を離してゾロを見下ろすが、瞳を閉じたまま僅かに吐息を乱したその様子には、もう抗う気配は無かった。
深い接吻けによる息苦しさのせいか、それともサンジによって高められつつある性感のせいか、頬も上気していて、サンジを煽る。
衣服の上から胸を辿ると、ゾロの身体が僅かに跳ね、反応を返した。

その時。

どがががががががががががががが……………

「……………………」
床に寝転んだ状態の、二人の頭上に位置する餅つき機が、えらい音を響かせ始め。ゾロはぱちくりと開いた目を、一瞬そちらに向け、そのまま無言でもう一度サンジに戻した。
視線には、「あれ、壊れてねーか?」との疑問が篭もっている。
その視線に対して、サンジは暢気にこう言葉にして答えた。
「ああ、あれ昔からああいう音すんだよ。釜の中のスクリューが回り出した音だ。気にすんな」

気にするなと言われても。
キスしてても「どがががががががが」と。
目を閉じても「どがががががががが」と。
首筋を吸われて仰け反った目先で、白い長方形が小刻みに揺れながら「どががががががががが」…

「・・・ッだーっ!!!! 気が散るわボケェ!!!!!!!!」

旦那さん、キレた。
白い機械はまだまだどががががががと元気に働いている。止まる気配も見せない。
結局、餅が出来あがるまでお預けとばかりに、サンジは組み敷いていた愛しい相手に跳ね飛ばされてしまった。場所を変えようという申し出は、勿論却下された事を付け加えておこう。



「あ、これマジでうまい……」
出来あがったつきたての餅は、味付けしなくても充分にゾロの舌を満足させる物だった。
米の持つ、自然な甘味と香りが、熱々のその餅に生きている。市販の餅とは全然違う粘りと重みは、杵でついた物と大差無く感じられて、その味にゾロの相好が崩れた。
「ちょっと醤油付けて炙れば、酒にも合いそうだな。燗にしようぜ」
釜の中の餅を、水に浸した手で千切って丸めながら、嬉しそうに機嫌良く語りかけるゾロの様子に一度は収まっていた(つか、強制的に収めなくてはならなかった)サンジの煩悩に、再び火が点く。
しかし、抱きつこうとした行動は読まれてて、あっさりとかわされる。
「レコ大見て、紅白見んだろ? そろそろ始まるぜ?」
全て見透かしたように、楽しげにそんな風に言われて。
自分の台詞を、見事に逃げる口実に利用されてしまったサンジの完敗であるのだが。 

(……見ながらだって出来るもんなー)

くつろいで酒飲んだり、餅や年越しそば食べたりしてる間に、隙も見せるだろうし。
うまく引き摺り込めば、年末から年始の年跨ぎなアレだって可能かもしんないv

ゾロに気付かれないように表情には出さなかったが、サンジの煩悩は果てしなくどこまでも広がって
いった。



そして結局、108の煩悩を払うという除夜の鐘も、何の効果も無いまま、その煩悩は果たされてしまっ たのであった。

 


2002年新年に書いた、お年賀小説(?)。
…何だこりゃ。今年も馬鹿ですね…。
紅白だのレコ大だのは、我が家がそんな感じで。
年末は、どーもこのパターンを繰り返しですねい。
古い人間なのでございます。


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