「…ぁ……」

吐息に混じって小さく零れた声に、拒絶の色は含まれてはいなかった。
むしろ、サンジの肩に置かれたゾロの指は、控えめながらも引き寄せる動きすら見せる。
縋りつくようなその動きに誘われる心を抑える事が出来ず、サンジは抱き締めるように身体を密着させ、腕の中に在る身体に丁寧に触れていく。
服を着たまま、指だけシャツに潜り込ませてゾロの肌を辿っていたが、もどかしくなり脱がせようとすると、ここでも抵抗は無い。
それが、サンジには嬉しかったが、同時に悔恨の念も湧き上がる。

侮蔑の言葉を投げ付け、脅して、酷い抱き方をした。
あれからもう何ヶ月も経ち、ゾロの身体にその痕跡は全く残ってはいない。
だが、心に付けた傷は癒えてはいないだろう。

恐怖の記憶が残るだろうこの行為に、ゾロが応えてくれたのだから。
出来る限り優しく、傷を癒してやりたかった。
軽く接吻け、ゆっくりと触れる。決して急がないように。
焦らすような愛撫を施す間に、ゾロの息も上がってきた。少し身を捻り逃げるような動きを見せ始めたのは、拒絶ではなくもどかしさからだろう。
それを悟ったサンジは、腿を割り込ませ、緩く押し上げる程度の愛撫を施していたゾロの下肢へと手を伸ばす。
既に熱を持ち張り詰めている中心に軽く触れると、ゾロの背が反った。

固く閉じた瞳に震える睫毛すらも愛しいと思う。
大切に触れ、ただ温もりを分け合う行為が嬉しいと思う。
前に、陵辱という言葉が相応しい状態でこの身体に触れた時は、こんな充足感は無かった。

先端を何度も軽く抉るように触れていると、濡れ始めたそこから滑った水音が小さく響き始める。
そのぬめりを広げるように根元まで扱くと、硬度を増したそれだけでなく、ゾロの下半身全体が震え出した。
「我慢すんな、イっていいぜ?」
耳元に、舌を這わせるようにしながら囁く。ぴく、と身体を震わせてゾロが瞼を上げたが、何か言う前に、サンジは掌の中のモノに強く刺激を与えた。
「───ッあ…!」
一度開いた瞳を閉じ、背を仰け反らせゾロが達する。
ドクドクと快楽の証を吹き零しているそれを、更に搾り出すように手を動かすと、強すぎる感触に耐え切れなかったのか、小さく悲鳴を上げて腰が逃げる。が、それを許さず引き戻して。
「…ッ」
受け止めた白濁で濡れた指を忍ばせ、下肢の奥を探ると、一度弛緩したゾロの身体が固く強張る。
前の蹂躙の記憶による無意識の反射かと、サンジは指を引こうとしたが。
「……ゾロ」
サンジの肩に置かれていたゾロの手が、また引き寄せるように力が込められる。
今度は、先程よりも強く明確に。
抱き締められる状態になり、驚いて名を呼ぶサンジの唇の間近に、ゾロの唇がある。
まだ乱れた吐息を吐き出すそれは、僅かに濡れていてサンジの情欲を煽った。
その唇が、音にならない程小さく紡ぐ言葉。
「平気だ」と。
だから逃げるな、と。
許容の言葉でサンジを受け入れる。

────子供のように、泣き出してしまいそうだった。

そんな表情を見られたくなく、ゾロの肩口に顔を埋め、唇を当て強く肌を吸い上げる。
「……ぅ…」
ゆっくりと指で中を慣らし、息づくように収縮するそこにサンジが身を沈めた時も、首に回されたゾロの腕は離れる事はなかった。

密着して、唇を触れ合わせ、手足を絡め、間近に熱い吐息と体温を感じ。
溶け合うような行為に、溺れた。




闇の中に巣食う蜘蛛の糸に、雁字搦めになっていたあの時も、僅かに射す光に惹かれてやまなかった。
焦がれ続けた光。

今、この腕の中に在る。

自分が手に入れたのではなく、ゾロという存在のその手に導かれ、今やっと闇から本当に解放されたのだと。

温もりに包まれながら、そう実感した。





「じゃあ、な」
笑顔の向こうに、搭乗口のゲートが見える。
パリ、シャルル・ド・ゴール空港。建物のガラスの向こうには既に、東京行きの飛行機が到着している。
この便で、ゾロは帰る。

フランスに到着してから、僅か三日目。しかし元々、学生のバイト代では、往復の運賃を捻り出すのが精一杯で、長く滞在できるだけの余裕は無かった。
学校の休みを利用して来たが、それでも年の瀬も迫る今の時期は、勤労学生のゾロにとって忙しい期間だったこともある。
たった三日の逢瀬はすぐに終わりを告げ、別れの日はやって来た。

「おれ、腕磨いて早く一人前になって、そしたら帰って店開くから」
見送りの人間が入れるギリギリの場所まで、サンジは送りに来た。
もう時間は僅かしかない。それでも、焦燥感などは無かった。

心が通じた満足感と、僅かな寂しさ。

「そしたらまた会おうぜ」
祖父のいた、そしてゾロのいる故郷で、自分の店を開く。それが今の目標。
叶えたいと切望する夢だ。
その為に、どんな努力も惜しむつもりはない。
「楽しみにしてるけどな」
サンジの言葉に、笑ってゾロが答える。
「おれだって夢はある。お前が帰ってくるより先に、おれの方がコッチにまで名を轟かせるかもしれないぜ?」
剣道で、世界一になる事。
サンジも前から聞いていた、ゾロの夢だ。
それを聞く度に、以前なら応援したい気持ちと共に、焼け付くような羨望の思いに苛まれたものだったが。
今は違う。
純粋に応援し、その感情はサンジ自身の夢を叶える糧にすらなる。
「ヨーロッパはフェンシングだぜー。竹刀ばっかじゃなく、西洋の剣術身に付けてこっち来いよ」
からかうと、僅かに口を尖らせながら「剣なら何でも極めてみせるさ」と拗ねたような口調で返す。
それが妙に愛しくて、周りでも沢山の人間達が繰り広げている別れの光景と同じように、抱擁を仕掛ける。
腕に収めたゾロの唇に、一瞬だけ接吻けて。
「…テメ…っ」
瞬時に赤くなった顔を見て、サンジの口元に笑みが零れる。
「コッチでは当たり前だぜ? 別れのキス」
「口にはしねーだろーが!」
「そーかも…」
そんなやりとりも、流れた放送に中断する。
搭乗を促すフランス語の放送を、サンジが日本語で伝える。
「タイムリミットだ」
抱き締めていた腕を解き、ゾロの肩を軽く押す。

「じゃあな」
「また」

二人の間に交わされた別れの言葉は、それだけ。
淡々とした、短い言葉。
それでも、見合わせる表情が言葉の何倍も豊かに感情を伝える。
確かに心は通じていた。


軽く手を振り、ゲートに向かうゾロの後姿を、サンジは視界から消えるまでずっと見送っていた。





END



お付き合いありがとうございました。
この話については2005/1/25の日記で
いろいろ語ってる予定。
テーマソング?とか(笑)言い訳とか;


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