12/24、クリスマスイヴ。 幻想的なイルミネーションに夜空が飾られるその日は、恋人達ロマンティックな記念日。 ………なんて誰が決めたんだろう一体。 「要はキリスト教のえらいやつの誕生日なんだよな? クリスマスってのは」 「うーん…簡潔化しすぎてる気はするけどまぁそんなカンジじゃねー? でもキリスト教じゃなくても祝ってるやついるし、何かあやふやだよなー」 クリスマスイヴまであと二週間程、というある冬の日。 大学の午前中の講義が終わり、皆が昼休みを取りに講堂の外へ向かう。 そんな時にふと呟いたゾロの言葉に、同じ講義を受けて、ゾロと共に歩いていたウソップが答える。 「それが何で恋人同士がベタベタする日になったんだ?」 「おれが知るか。つーかゾロ、熱でもあるのか?」 おそるおそるウソップがゾロの額に手を伸ばす。 ストイックだの朴念仁だのという言葉がやたら似合うゾロが、まさかこんな話題を出すとは思わなかったのだ。 「あのな…」と呟き、その手を軽く払うと、そんな話題が自分でも似合わない事が判っていたのか、憮然としつつも少し照れたような複雑な表情を覗かせた。 「あ、まさか今年のクリスマス、誰かとデートとか!?」 まさかこのゾロがなー…と思いつつもそう言ってみると、ゾロは見るからにうろたえて 「違う! そんなんじゃねーけど…町中やたら派手だから気になって…」 などと、言い訳をもごもご口にしている。 「いいじゃん、めでたい事だぞ。やっぱ何だかんだ言って「特別な日」だからな! 彼女にはせいぜいサービスしてやれ。おれもカヤの為に色々策を練ってるしな」 カヤというのはウソップの恋人で、初々しいながらもオープンな付き合いをしている相手だ。ウソップと親しいゾロも、その名は勿論知っている。 「しかしなー、まさかお前がなー…。ああ、こういう恋愛イベント系はサンジにいろいろ手ほどき受けとけば? あいつ、そーゆーの大好きだから」 サンジという名前がその口から出て、ドキッと心臓が跳ねた。 恋人の名をゾロは、誰にも言ってはいない。 でもまさか言える訳がない。 その、サンジが自分にとっての、恋人という立場に当たる人間だなんて。 去年までのゾロにとって、その日は世の中はお祭り騒ぎといっても、特別意識する日でも何でもなかった。 キリスト教───というか宗教全般に興味は無いし、恋人同士の浮かれた風潮も興味無いどころか、マスコミ全般やそこいら中がロマンスを演出する記念日一色になっているのも、鼻白んでいたくらいだったのだが。 特に、身近にいる金髪ぐる巻き眉毛が、そういう恋愛イベント大好き人間のせいで。 それが、去年の12/24の出来事のおかげか、今年は妙に意識してしまう。 まだ日にちはあるというのに、既にクリスマス一色のマスメディアも街も。 どうにも忘れられない、一年前のイヴの日を思い出すせいで。 女にだらしなかったサンジが、フラれたと泣き言を垂れ流しにおれのアパートに来て。 くだまいて。 突然何故か告白してきて。 押し倒されて。 ………………… 一年も前の出来事だというのに、その夜の出来事を鮮明に思い出してしまい、撃沈した。 中庭の芝生のベンチに座り、脱力する。 既に、昼メシをコンビニに買いに行くと言うウソップと別れた後で良かったとしみじみ思い、ゾロは溜息をついた。 不審がられてしまうのは必至だったから。 ───別に、サンジが嫌いだったわけじゃない。 それどころか好きだった。向こうから告白される前から。 だけど、そんな事を相手に伝えるつもりもなかったわけで。 あの日、あれよあれよという勢いでそういう関係になってしまい、この一年間それは壊れる事もなく続いて。 あれだけ女にだらしなかったサンジは……やはりだらしないままだが、他に「恋人」を作る事はなく、せいぜい可愛い女の子を見ては鼻の下を伸ばしてる程度で。 「当たり前だろ、お前っつー相手がいるんだから」 二人きりになると、こんな事もしれっと言われてしまうが未だに慣れない。一年も経つのに。 「ゾローvv」 「うわッ」 物思いに耽っていたところ突然後ろから抱きつかれて、思わず声を上げてしまった。 振り向かなくても判る、その相手。 声でも判るが、それより自分にこんな振舞いしてくる人間は一人しかいない。 「サンジ…」 「一緒に弁当食おうぜーv作ってきたんだ」 頬を摺り寄せるように言われて「わかった!判ったから離れろ!」と叫び引き剥がす。 どうにもこう、ベタベタするのが苦手な自分に、サンジは懲りる事無く踏み込んで来る。さすがにゾロが本気で嫌がるので、人前では(これでも)控えているらしいが。 「つれねぇなー」 ぶちぶち不平を呟きながら、それでも弁当箱を広げる。 豪華な弁当は、とても美味そうだ。最近はレストランでバイトもしているらしく、更に腕を上げている。 一口口にして、「うまいか?」と聞かれたので頷くと、「そうか」と嬉しそうにしている。 サンジはいつものようにべらべらと、会っていない間に起こった出来事などを喋らず、暫くもくもくと二人で弁当をつついていたが。 「ゾロ、ごめん!」 突然謝られた。 「は?」 「秋からレストランでバイト始めただろ、あれがさイヴの日も何か、すげー深夜まで働く事になりそーで……」 前もって聞いていた予定では、どんなに遅くとも、午後10時には帰れる筈だったのだ。 それで、ゾロのアパートに転がり込むなり、自分の部屋に誘うなりして、そのまま夜を共に──などといろいろ夢見ていたのだ。 それが、不況の影響だか何だかよくわからないが、折角客の多い日だからと、時間を限界まで受け入れる事にしたと聞いたのが、先日。 店長は「夜は帰れると思うな」と、おふれを出してきて。 「……クリスマスなのに……」 「よよよ」という擬音が似合いそうな勢いで泣いてるサンジを横目で見遣り。 「クリスマスに振られるよりゃいいんじゃねーか? しっかり働いて来い」 「ああっテメェ、古傷をえぐるな!」 去年の冬を思い出したらしいサンジが叫ぶが、次の瞬間に相好が崩れ 「でもおれは、去年の冬が一番幸せなクリスマスだぜー」 などと笑う。 背中がむず痒くなって思わず、若干細身のその身体に、軽く肘鉄入れてしまったゾロだった。 そして、12月の忙しさの中あっと言う間に来た、12/24。クリスマスイヴ当日。 ゾロの方も一応バイトはあったものの、巷の年末商戦とは全く関係の無い職種の為、午前中から夕方までのシフトできっかり終わってしまった。 別にその後の予定も無いので、寄り道もせずに家路に向かう。 しかし。 予想はしていたものの、改めて意識してみると、何故にここまでお祭り騒ぎになるのだろーかという光景が、通りがかった駅前の繁華街に繰り広げられていた。 薄暗くなりつつある夕空の下、やたら派手に飾り付けられたイルミネーション。 街路樹も建物も、これでもかという程きらびやかに飾られ。 そんな周辺にはクリスマスソングがどこからか流れて、人が溢れ返っている。 6割くらいはカップルとおぼしき男女。あとは家族連れだ。 去年のこの日、女に振られて不貞腐れていたサンジに、ナンパでもしてこいと言ったら「この時期外歩いてるのはほとんどカップルだし無理」みたいな事を言われたのを思い出したが。こうして見てみると、なるほどと思う。 駅前の妙にライトアップされている噴水には、まるでどこかのCMかドラマみたいな待ち合わせを、地でやってるらしき人間もちらほら見られる。 なんだかなあ… と、普段なら目にも止めないそんな光景を見て、妙な気持ちになってきた 見てる方が恥ずかしいというか照れるというか、落ちつかないような。 去年までは、例えこんな日にこんな状況の町を通っても、それこそ気付きもしなかっただろうと思うのだが。 こんなにも町が派手になっている事も、人通りも。元々周りを気にする方ではないし。 なのに、今年はやたら目につく。 「…………」 街中がこんな浮かれた雰囲気の中、サンジは今ごろ必死で働いているのだろうか、などとつい。 今日は会えないその相手の姿を思い浮かべてしまい、ゾロは吐息をついて空を見上げる。 本来なら、一番こういう雰囲気に乗りたがるだろう性格をしているあいつが、それを殺して。 こんな雰囲気が一番似合わないだろう自分が。 ふと、会いたいような気持になるなんて。 (…周りの空気に当てられたか?) 華やかな夜を、街は迎えようとしていた。 深夜3時。 「おれと同じサンジ〜…なんつて……寒!」 一人空しくツッコミを、それこそ寒空の下で己に入れながらオートロックの鍵を開ける。 金属製の鍵が、やたら冷たい。 「あーあ、クリスマスイヴも終わっちまったよ…」 溜息と共に呟く。ゾロに電話を入れ、声を聞きたいが、この時間ではとても起きていないだろう。 「明日起きたら、すぐゾロんち行こう…」 ゾロはそんな事気にしてもいなかっただろうが、やはりクリスマスイヴという、世間では「特別な日」と認定されている昨日は、サンジとしては会いたくて仕方なかった。 ただ、その為に与えられた仕事を投げ出す事も出来なかった。 将来は、レストランを経営したいのだ。今はバイトでも、その夢の為への一歩には違いない。 だから仕事を選んだ。 やたら恋に浮かれて女の子に気を使っていた昔だったら、そんなこと考えもしなかったかもしれない。 ゾロはきっと、応援してくれるだろう。今まで付き合った女の子達とは違って、サンジに我侭を言う事は全くしない男だ。 それが少しだけ寂しい気もしたけれど。 でも、そっけないながらもサンジの立場をもきちんと考えてくれるゾロが、自分のパートナーだからこそ。恋と平行して、安心して夢に進む事が出来る。 この一年で、自分が成長出来たと思えるのも、あの無愛想なのに安心感のある恋人のおかげかと思う。 そんな事を思いながら、更に会いたくなってきた思いを押さえつつ、玄関の扉を開ける。 「────?」 静かで真っ暗な部屋に、僅かな何者かの気配を感じる。 一人暮しの、誰もいない筈の部屋に。 泥棒か、と警戒したサンジは慎重に、玄関わきのルームランプのスイッチに手をかけた。そのままスイッチを押す。 「え!?」 ぱちり、と小さな音がして明るくなった部屋の床に、 (な、何で!?) 見慣れた緑色の頭が。コートを着たままの姿で転がっている。 会いたい余りの幻かと思い、何度も瞬きしてみたり、目を手の甲でごしごし擦ってみたが。 「ほんものだ…」 床に転がったまりも頭は消えない。幻覚ではないらしい。 転がっているとは言っても勿論死体と化している訳ではなく。その口からは規則正しい寝息が漏れている。 「寝てんのか…? こんな寒い所で…風邪ひくぞ」 暖房をつけてないワンルームは、とても冷え込んでいる。幾らゾロが丈夫とはいえ、この寒さは身体には悪そうだ。 足音を立てないように忍び寄り、布団か何かかけてやらねばと思いながら、その寝顔を除き込む。 「…イイコで働いたおれへのクリスマスプレゼントか??」 思わず神に感謝したくなったが、ゾロがここに転がっているのは多分、いや間違いなくゾロの意志だろう。 ゾロの着ているコートのポケットから覗く金属は、サンジには見覚えのある物だった。 渡してあった合鍵。 (そういやゾロが使うのは初めてじゃねーか?これ…) いつも自分からゾロのアパートに押し掛けたり、誘い出してこの部屋に連れてくるばかりだった。 彼の性格からして、自分から求めるかのように、来てくれるなんて絶対ありえないと思っていた。 それなのに。 (いや、会いたいから来たとは限らないぞおれ! もしかして何か、前にここに来た時忘れ物したとか、ももももしかしたら別れ話しに来たとか…) 「ん…」 考えが悪い方にどんどん流れ、思わず泣きそうになったその時、寝ていたゾロが小さく身動きし、うっすらと開いた黒い瞳が、サンジを捉えた。 「あ…サンジ。帰ってきたのか? いつ?」 「い、今……」 「そか」 頷きながら時計に視線を向けて、「随分遅いんだな」と驚いたように呟く。 そして小さく「お疲れさん」と。僅かに笑ったような表情に、サンジの鼓動が跳ねた。 「び、びっくりしたぜー。いきなりいるから」 「…悪かったな」 「いや別に、全然悪くないけど…どうしたのかと思って」 疑問の台詞に、ゾロが何やら口の中でもごもごと言っている。 「え?」 「いや…ちょっとな……」 何だか照れ隠しにふて腐れてるかのような、僅かに赤い頬で。 苦虫を噛み潰したような顔をしているが、決して機嫌が悪いわけではない事は、付き合うようになってから読み取れるようになった、ゾロの素直ではない表情。 「……もしかして、おれに会いに来てくれた?」 そっぽ向いて返事は返ってこない。が、急激に頬から耳まで真っ赤に染まるのが、サンジの目にも見えてしまっていて。 かわいいというか、愛しさが沸き溢れて来た。 熱くなっているゾロの頬に指を添え、自分の方を向かせる。僅かに抵抗を見せるものの、軽く唇を重ねると、それ以上逆らう事も無くおとなしくなり。角度を変え深める接吻けにも、僅かだが応えてきた。 「やっぱ、「イヴ」は前日だもんな!本番はこれからだよなvv」 唇を離し、満開の笑顔でそう言うサンジに、一言「アホか」と返したものの、抱き寄せられると応えるようにサンジの背に腕を回してきた。 どうやら恋人達に魔法をかけるこの記念日は、素直じゃない自分の恋人にも影響を与えたらしい。 残業の疲れも思わず忘れ、幸せな気分のまま、あと僅かの夜をサンジは堪能する事に決めた。 |
「身勝手な言い分」の二人の一年後。
あまあまなまま続いてるよーです;
てゆか甘すぎ……げふ; 笑い所も無く
中途半端にシリアス(?)ですみません;
続きの裏も書くかも?
しかし…クリスマスだの記念日だのって
何だか書いてて気恥ずかしいですねい;
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