「サンジ……てめェ……、いい加減にしろよッ」

低く搾り出される怒気を含んだ声は、限りなく小さい。声と呼べる程の物にすらなっていないかもしれない。それでも届いてる筈なのに。

「サンジ……!」

小声の抗議も、咎める視線も、完璧なまでに無視されている。
すぐ隣に、自分に密着して立つ男には。

 

 

私鉄某路線、平日朝の通学・通勤時間。
いわゆるラッシュ時というやつだが、この時間帯の急行列車は、死人が出ないのが不思議な程のまぁるい緑でお馴染のJR都内某線(特にS駅付近)には敵わないが、それでも身動き一つとれない、酷い混み様だ。
そしてこの路線だと、急行の止まる駅は極端に少なく、駅の区間もかなり長い。
途中下車する人間はほとんどおらず、乗る(というより、駅員が押し込む…)人数ばかりどんどん増えつづけるまま、終点までの乗車時間約30分を、乗員達は身動きすらほとんど出来ない状況で、呼吸困難と戦いながら、おしあいへしあいしつつ立ち続ける事になる。

さて、今回はこの殺人的混雑列車に乗っていた、二人の大学生のお話。

一人は緑の短髪が印象的な、キツめではあるが整った顔立ちの青年。名前はゾロ。
もう一人は、サラサラ輝く金髪の、少々軟派な雰囲気を持つ、細身の伊達男。名前はサンジ。
学部も、選択している授業もほぼ同じな二人は、普段はサンジの車で登校しているのだが、そのサンジの愛車ちゃんは昨日、サンジがいろいろと手を加えている時に誤って故障させてしまい、現在は修理工場という名の病院で治療中。
そんな訳で、今日はこの電車で二人揃って通学と相成った。
ちなみに実は、この二人はそれは親密な関係で。いや簡単に俗っぽく言やデキてて。
周りには秘密だけれど、ラブラブな恋人同士……な、ハズなのである。

しかし何だか、揃って「仲良く」登校という雰囲気ではない、今日の二人。
同居というか、ほぼ同棲とも言える、アパートの一室からここまで、一言も口を聞いていない。

 

他人の感情にイマイチ疎いゾロでも、サンジが朝から妙に不機嫌なのは判っていた。
普段朝っぱらからでも鬱陶しく甘えへばりついてくるこの男が、今朝はそっけなく目を逸らす。
気付いてはいたのだが、身に覚えはないし、ゾロの性格からして、原因をやんわり聞き出し宥めるなんてのは出来る筈も無い。
なので、ほったらかし。
今までもこんな事は何度かあったが、つまんない事で拗ねる我侭なサンジなだけに、いちいち振り回されるのも馬鹿みたいだし、ほっといたらいつの間にか擦り寄ってくるのだ。
自分が勝手に拗ねて無視してきたくせに、寂しがって結局甘えてくる。気まぐれな猫みたいに。

そんな訳で、今回もそりゃー見事にほったらかしたのだ。勿論一緒に登校するつもりなぞ無かったのだが、結局サンジが後からのこのこついてきて。それでも、話しかけてくるでも甘えてくるでもなく。
いやこんな公共の道端でべたべた甘えられたら、それはそれでげんこつの一つくらいはお見舞いしてやるつもりだったが。
気付いたら同じ駅から同じ電車の同じ車両に乗り、ぺしゃんこになりかけながらこうして密着して立っている訳なのだ。

 

が。

 

 

「……!」

ぎゅうぎゅうづめの車内。特に密度の高い、入り口付近。
サンジによって、ドアに斜めに押しつけられるような体勢のゾロは、サンジが密着している身体の部位以外も、他の乗客の身体とドアに押されて、身動きは全く取れない。
そんな苦しい状況の中、ふいに気付いた、腰に回された腕らしき存在の、微妙な動き。

(サンジ?)

位置的に、その腕はサンジの物でしかありえない。
何を、と思う間もなく、僅かな隙間から、その腕は下半身の方へと移動していく。
「…ぅわ…っ」
思わず息を呑むような声が小さく漏れ、自分で驚く。
(どこ触って……!!)
首から上は、他の身体の部分よりはまだ少し自由に動くので、斜めに振り向きサンジをぎっと睨むが、サンジはどこ吹く風といった風情で、視線を合わそうとすらしない。
その間も、手はゆっくりと腿を下から上へと、なぞりながら蠢き、そのまま尻の肉を緩く揉む。
(何馬鹿やってんだよ!!!)
振り払う事すら、この混雑の中では出来ない。
焦るゾロは、かろうじて微かに動く肩で、サンジの身体と自分の身の間に隙間を作ろうとするのだが、その動きもサンジに阻まれた。
息苦しいほどドアに押しつけられる。
せめて今度は足を踏んでやろうと試みるが、足を動かすと、自分の体勢が更に崩れるだけで、結局ゾロの思い通りには行かない。
その間にも、悪戯に這い回る手は、更に過激さを増している。
ジーンズのベルトを、狭い空間で、それも片手で器用に緩め、ファスナーを開け前をはだける。
指が衣服の内部に侵入してきた時点で、とうとうゾロは小さく声をあげた。

「……サンジ!!」

声という程音になっていない、空気を震わせる程度の小声でその名を呼ぶ。
密着するサンジにやっと聞こえるくらいの声ではあるが、あからさまに怒りを含んでいると、呼ばれた当人は判ってる筈だ。
今すぐやめろと、言葉にはしなくても、その呼びかけと視線がはっきりと訴えている。
なのに。

「………ッ」

下着の上から、つ、と指先がなぞる。何度も上下に、ことさらゆっくりとした動きで。その焦らしてるかのような動きに、下肢がひくついたのが自分でも判って、一気に耳が熱くなる程の羞恥心が芽生える。
「てめ……いい加減に……、っ!!」
小声の抗議が、サンジの指先がもたらす刺激に、びくんと反応した身体のせいで、跳ねて途切れる。
「サンジ!」
羞恥と怒りで頭の血管がブチ切れかけているゾロが、眉間に皺を寄せ睨みつけながら、ほんの少しだけ声のトーンを上げて、制止の意を込めて呼ぶが。
その瞬間、無表情でアサッテを向いてたサンジが、視線をゾロへと向け、口の端を少し上げて声を立てずに笑った。

『うるせぇよ。周りが感付くぜ?』

顔を近づけ、ゾロの耳元で、小さく小さく囁かれた言葉。
「いーい笑いもんだよなー、おれら」
ゾロとしては、誰のせいだと叫びたいが、サンジの言葉と指の動きに拘束されて何も出来ない。
耳元で吐息と共に吹き込まれた言葉にすら、身体が反応し震えが走る始末で。
「ああ、電車の振動すげーから大丈夫だと思うけど、あんまり身体もビクビクさせんなよ。隣の、ほらお前の右側のヘッドホンした兄ちゃんとかにバレるかもしんないし」
「っ………!!」
囁きながら、ゾロの下着の中へと、指を滑り込ませて来る。
既に、サンジの悪戯に反応し始めている中心に直に触れられ、不自然な体勢のまま遠慮も無く甚振られると、認めたくないけど快楽が下肢から腹部、脳へと直撃する。窮屈になった下着が擦れる感触にすら、身体が強張り震えてしまう始末だ。
ドアに押しつけられている胸の部分の突起も、先程より余程過敏になってるようで、圧迫される強い痛みと、振動による微妙な感覚の波をもたらす。
「……ぅ……ぐ………」
ゾロは、乱れる呼吸を必死でこらえ、歯噛みしながら耐えるが。
反応させるような触れ方しといて、反応するなというのは無茶苦茶だ。
この変態を、出来るなら今すぐ怒鳴って殴り倒して蹴倒してどっか遠くに投げ飛ばしてやりたい。いや、いっそ走行中のこの列車の窓から放り出せたらとすら思う。

(ぜってー別れる。シメる。泣かす。殺す。後で覚えてろ。駅についたら……)

ゾロの頭の中はサンジへの罵詈雑言で埋め尽くされているが、抵抗もできず身体は翻弄され続け。
その悪戯というか拷問は、終点に着くまで、延々と続けられたのであった。

 

 

 

「……………………………」
「買ってきたから、下着ー。上から投げるから取れよー」
「……………………………………」
終点駅に建つ駅ビルのトイレでの、個室のドアを挟んだ会話は、他に人がいたら、粗相でもしたのかと誤解されるような代物である。
いやある意味粗相といえばそーなのかもしんないけど。
終点までの間続いていたサンジの悪戯三昧のせいで、下着がエライ事になってしまい、とりあえず一応別れもシメも泣かせも殺しも延期して、駅に着いたらソッコートイレに飛び込み、こうして個室に篭もっている訳である。
ちなみにサンジは、不機嫌もあの悪戯で解消したのか、もう、ゾロを無視する事も無く、ゾロの為に下着を買ってくるという気配り(?)さえ見せ、ドアの外からこうして語りかけている。
「………………………………………………」
今度は、サンジではなくゾロがむっつり黙り込んで、その上天岩戸の天照大神状態だ。
「おーい、ゾロ」
返事は無い、が、怒気が見事にドア越しに外にも伝わってくる。そりゃそーだろう。
「言っとくけど、ゾロ…、お前のせーだかんな……」
「何でそーなるッッ!!!!」
サンジの言葉に、それまで黙っていたゾロの怒鳴り声が飛んできた。
「てめェ、何したか判ってんのか!! 犯罪だぞ犯罪!!! 変質者が!!!!」
「るせェ!!! お仕置きだあんなん!!! 浮気しやがってーーーー!!!!!!」
「………………………は?」
ウワキ??
クエスチョンマークがゾロの頭の周りを飛ぶ。
その時、天井と個室のドアの隙間から、ひらひらと一枚の写真が落ちてきた。気付いたゾロがそれを手に取る。
「…………コレ…………」
「楽しそうだな、そのお前。女性と二人きりでそんなに楽しそうに話してる所なんて、初めて見たぜ」
写真には、ゾロと黒髪の巻き毛の超美人さんが映っている。喫茶店の中で、笑顔で何か会話している様子だ。
それを外から撮っている、写真週刊誌の隠し撮りのような風景。
「今朝、お前のジャケットのポケットから見つけたんだよ。まさかてめーがあのポーラさんと、そーんなに仲良しだったとはな」
ちなみにポーラさんとは、大学内でも10本の指に入る程の美人で、ミス・ダブルフィンガーという変わった芸名でモデルもしていたりする、魅惑的な女性だ。
「…………………よく見てみろ」
低ーいゾロの声と共に、写真が再びドアの隙間から、サンジに投げ返されてきた。
「俺が、そんなけったいな服着ると思うか?」
「へ?」
言われて改めて写真のゾロを見る。
姿形は確かにゾロだが、背中には、謎の白鳥がついていた。頭には、これまた謎のボンボンのような飾りも。
「うちの学部の名物不思議人間、ボンクレーだ、そいつは」
Mr.2・ボンクレー(これも多分芸名)。変装の大名人として大学に名を馳せる、謎のおかま。
噂では、最近は更に変装の技に磨きをかける為、毎日違う人間の姿でやってくるとか。
「変装で、学部内全員制覇を目指してるんだそうだ。たまたまその日は「俺」の日だったらしいな。見かけたナミが、面白がって撮ってきやがった」
記念にあげるわ、ほんとそっくりねーと笑いながら渡してきたのを、何となくジャケットに入れたまま忘れていた。
「………じゃこれ、浮気じゃなくて……」
「そんな女知らねぇよ、俺は」
ポーラさんとおかまさんは、同じサークルの仲間で、仲がいいだとかいう余談はさておき。
サンジの目の前で、ドアが静かに開いた。
中から、完璧に服を整えたゾロが出てくる。

「誤解であンな事してきやがって」
「えーと、ゾロ………………………」
「浮気だの何だの、いつもの自分の事は棚に上げて、人にきちんと確認もしないまま犯罪に走るバカには」
完全に目が座っている。その上笑顔だ。口元は笑いの形なのだ。はっきり言って見てる方はすごい怖い。
漫画ならば、背景には怒りを表すおどろおどろしいトーンを貼って、その上人物(ゾロ)には、濃い目のグラデーショントーンで影がついている感じだ。
それを目の当たりにしたサンジ、恐怖で足が動かなくなる。

 

「……お仕置きが、必要だよなぁ?……」

 

 

その数時間後、大学には、ミイラのように全身に包帯を巻いた、謎の人物が登校してきたとか何とか。

ちなみに一応、どこぞのバカップルに関しては、喧嘩の挙句片方が半殺しになって、それでも結局元の鞘に収まったという噂ならあったという事を最後に書いておこう。


やってしまいました痴漢ネタ(死)。
イザ書いてみたら、設定は変態だけど、
自分で思ってたよりはえろくないかなと思い…
でもやはし変態ですな……
いいやもう。変態は私さーサンジじゃなくてー。



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