Our Father who are in heaven, hallowed by name.
(天にまします我らの父よ。)
(願わくば御名を崇めさせ給え。)


The Kingdom come, thy will be done, on earth as it is in heaven.
(御国を来らせ給え。)
(御心の天になるごとく、地にもなさせ給え。)


Give us this day our daily bread. And forgive us our debts,
as we forgive our debts. And lead us not in temptation, but deliver us from evil.

(我らに罪を犯すものを、我らが許すごとく、我らの罪をも許し給え。)
(我らを試みにあわせず、悪より救い出し給え)


For this is the kingdom, and the power, and the glory, forever.
(国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。)

Amen
(アーメン)

                      (マタイの福音書より 「主の祈り」)

 

神父の穏やかで優しげな声音が響く。

厳かなる礼拝堂。



────天にまします我らの父よ─────



昔、その御名は、絶対の信頼、そして盲信の対象だったな、と
サンジは礼拝堂の長椅子に腰掛けたままぼんやり思う。



────願わくは御名を崇めさせ給え─────



もはやその信頼は崩れ去り、名を呟いても感慨さえ沸かない。

その存在を信じていないのではなく、その神という立場に君臨する者を
己の信仰の対象として、信じ頼る事が出来なくなっている。

(おれの「神」は─────)

身も心も、命さえも捧げられる存在は、
己の神となるべき存在は、
他にいる。



主以外の存在を崇め奉る行為を、偶像崇拝という。
父なる主に対する背信。
最大の冒涜。



────御国を来らせ給え─────



神父の声が耳に心地よく響く。
サンジはその声には唱和せず、ただその姿を目に焼き付ける。
緑の髪の、若き神父。

偶像などではない。誰よりも求め、その存在の為に全てを擲つ事すら
厭わない。
今ここに自分が居るのが何よりの証拠。


(やっと見つけた)




主への祈りが終わり、聖書を引用した訓話が始まる。
礼拝堂に集まった人々の中には、その言葉に目を潤ませる者も居て。
神父に向けられる目は、尊敬と信頼に満ち溢れた物ばかり。

(笑っちまう)

ひとりサンジは苦笑する。
奴の正体を知ったら、掌を返したような態度に出るであろう人々。

盲信とは恐ろしい。

自分の「神」を絶対とし、その存在に敵対する者は「悪」。
完全なる統一思考。反するものは排除するだけ。

その祈りの言う「御名」は、唯一絶対の支配者。

礼讃者の求める「御国」は、統一された自我の無い思考を持つ者だけで
作られる、支配者の最も都合のいい清浄なる理想郷。



その、理想郷から
地上へと堕とされたのが自分、で。

原因は、目の前の「神父」。



────愛した事が、罪だという。



訓話も終わり、祈りの時間が終焉へと近づく。

皆の歌う賛美歌が、パイプオルガンの音色に合わせて
美しく響いていた。






礼拝が終わり、人々が去った教会に、まだサンジは居た。
そして神父も。祭壇へと身体を預け、金髪の青年へと目を向けている。

「この街でな」
サンジが沈黙を破った。
「お前の評判、いろいろ聞いたぜ」
静かな礼拝堂に、声が篭もって響く。

「若いのに、敬虔な聖職者。神の子たるに相応しい、道徳心溢れる人格者」
「おかげでこんな若造でも、ひとつの教会任されてるぜ」

緑の髪の青年が口を開いた。声音に、悪戯じみた笑いが含まれている。
その言葉に、耐えきれないように、サンジが吹き出した。


「嘘つき」


長椅子から立ちあがり、祭壇へと近づく。

若造なんてのも、聖職者というのも。神の子として話す言葉も。
いや、人間として生活している事さえ。
全部嘘だ。


「ゾロ」


緑の髪の青年の名。
口にするだけでも、愛しさが込み上げる。
自分を支配しうる、その権利を持つ、唯一の己の神たる存在。

「…捜したぜ」

自分をじっと見つめる黒曜の瞳。それに誘われて、サンジは腕を伸ばす。
ゆっくり抱き締める。
ゾロと呼ばれた神父も、柔らかくその腕を受け入れた。
サンジの細身な肩に、頭を預ける。


「…遅せぇんだよ、見つけるのが」
ゾロの言葉に、サンジは眉を寄せた。
「お前なんかおれの事、捜しもしなかったくせに」
「……方向感覚に、イマイチ自信がなくてな」
「そうだな、お前が捜しに出ても、目的に辿りつけるはずねーよな」
笑いながらサンジが言う言葉に、自覚はあってもさすがに少々腹が立つ。
「怒るなよ。お前はどこにいてもいいんだ。必ずおれが見つけるから」
腹立ちまぎれに、身体を離そうとしたゾロを更に強く抱きしめる。
「でもまさか、神父やってるなんて思わなかった」
「意外だろ」
抵抗を止めて、ゾロが楽しそうに笑う。

「世の中で、悪魔なのに神父やってるなんて、お前くらいだろうな」

嘘つき、と、もう一度呟いて
そのままサンジの唇がゾロのそれに重ねられた。





祭壇に、その身体を横たえて、聖職者の衣服をゆっくりとはだけさせ。
その首に掛かるロザリオを手に取り、弄ぶサンジの指をじっと見つめるゾロは
「懐かしいか?」
と、サンジの耳元で呟く。
「…ああ、そうだな」
首飾りを、力任せに引き千切る。
金色の鎖が、しゃらと音を立てて床へと落ちていく。
「烙印、だ。
 お前には似合わねーよ」
十字架は、サンジの白い指に収まり、一瞬の後に、それも床へと堕ちた。

「……お前には、似合うのにな」

ゾロの呟きに

「烙印なんていらない」
そう返して、首筋に顔を埋める。

「お前がいればいいや。他に何も────」

鎖骨を甘噛みされて、少し身体が反応する。
細く繊細な指で、脇腹からゆっくり上半身全体を愛撫される感覚に、
息が僅かに乱れる。


他に何も。


そう言って、全てを捨てたのだ、この金色の天使は。






サンジの着ているシャツに手をかけ、ボタンを一つ一つ外して脱がせてゆく。

「汝、女と寝る(いぬる)ように、男と寝る事なかれ。
 これは忌み嫌うべきことである────」
ゾロの声に、サンジが顔を上げる。
「レビ記第18章22節」
「…悪魔のくせに、聖書に詳しいじゃねえか」
目を合わせて笑う。
「そりゃもうな、勉強したぜ」
「何だって神父なんかに………」

「お前を縛り付けていた『神』とやらを知りたかった」

言葉を紡ぎながら、脱がせたシャツを放り、現れたその背へと腕を回す。

手触りの違和感に、ゾロは眉を寄せた。


サンジの背の、二つの肩甲骨の辺りに、残る裂傷の跡。
赤黒く、醜く盛りあがった傷の跡に、ゾロは尚も指を辿らせる。


「羽根……」
「ん?」
「……切られたのか?」
「罰だって、さ」
「綺麗だったのにな─────」
最後に見たのは何時だったか。それでも今もはっきり思い出せる。
純白に輝く、天使の証。その羽ばたきの優雅さも。
他の天使など色褪せて見える程。


痛々しい傷跡は、今でもこの天使を苦しめているのだろうか。


心置きなく憎める、とゾロは思う。
神などには渡さない。
万が一、その「罪」が許される時が来たとしても。

渡さない。


背を抱く腕に、力を込めた。





「……は………」
遠慮無く下肢を弄られて、思わず喘ぎが零れる。
呼吸が浅く荒い。
対してサンジは、まだ余裕の表情を見せていて、縋りついた身体も熱は持ちつつも
まだ汗ばんではおらず、さらさらとした感触を指先に与える。
それが妙に心地よいと思いつつ、やはり癪に障る。
「…………や、く」
早くしろと、急かす。その熱を渇望して。
求める声に、楽しそうにサンジが言葉を返した。
「急かすなよ。本当に久しぶりなんだから、もう少し堪能させろ」
「馬鹿、か……」
長い、永い期間求めてさ迷って。
逢えるという確信はあったけれども、気の遠くなるような孤独の時間を過ごす辛さを。
全て消し去るような逢瀬を噛み締める。

その感触を確かめるように、全身を何度も何度も撫で、甘噛みし、吸い、舌で辿る。
サンジのそんな行為に、熱くなるゾロの身体は焦れる。
嬌声を噛み殺し仰け反った頭が、その瞳が
祭壇の上に置かれた、白磁の聖母子像を捉える。
穏やかな表情で、赤子を抱く聖母マリアのその目と、合ったような気がした。


少し、似てるな──────


熱く霞む思考の中、ぼんやりとゾロは思う。
今、自分を組み敷いてるこの男と。似ているような気がする。
顔を寄せれば見つめてくる、慈愛に満ちた蒼の瞳は、無垢でいて侵し難い雰囲気を持つ。
自分とは違う種族、天の使いなのだとは、こんな時に思う。

その事に苛立つ。

衝動のままに、サンジの下肢へと手を伸ばす。
そこは既に熱を持っていた。硬く熱いそれを、指先と掌で、下から上へと撫で上げる。
サンジが小さく声を漏らした。
愛撫に、しっとりと汗に湿り始めた身体に満足し、耳元へと口を寄せて

ひとこと、強請りの言葉を告げる。


サンジがそれに応えるように、軽く一瞬唇を重ね、態勢を変える。
既に指で慣らされていた入り口へと、宛がわれる熱。下肢が勝手にひくつくのが判り、
誘ったのは自分であるのに、ゾロは羞恥を感じて目を閉じた。

「───────…ッ!」

挿入の衝撃に、一度閉じた目を見開く。
視界に入った、汗ばんだサンジの顔。
快楽を耐えて眉根を寄せるその表情は、苦しそうにすら見える。

合意の上の行為も、ゾロにとっては、サンジを汚しているような気がする。
むしろ、そうありたいと───汚したいと思っているのだと思う。
欲望に塗れて、自分の所まで堕ちてくるがいい、と。

それは、悪魔の性だ。
無垢な魂を引きずり堕とし、穢れさせる加虐じみた歪んだ悦楽。


だがしかし、それ以上に、自分の思考を支配する感情があるのも事実。


誰にも渡したくないと、
この手でその存在を守りたいと、
共に居たいと思う心。



サンジに逢うまでは知らなかった感情だ。





「愛してる」
求めるままに、ゾロの身体を貪りながら、擦れた声で囁く言葉。
突き上げられる衝撃と快楽に、答は言葉にならないけれど、縋りつく腕が同意を告げる。

神への祈りを捧げる祭壇で
共にお互いしか見ないままに、禁断の情を交わす。

二人だけの世界で
互いが与える温もりだけが全てだった。








数日後、街の敬虔なるクリスチャンの尊敬の的であった、緑の髪の神父が消息を絶った。

街の子供は言った。

「天使様が神父様を連れていったんだ。僕見たんだよ、金髪の白い天使様が、教会から
 神父様を連れてったんだ」


選ばれし神の子は、主の造りたもうた御国へと召されたのだと噂になった。




神父の行方は誰も知らない。





「Heavenly Sheep」様裏の裏開設記念に押し付けた天使悪魔パラレル文。
まさにこれぞ押し付け…すみません綾乃さん><;
シリアス文ってごまかしきかなくて下手が更に際だつ…うう;
あと自分的に「や…ヤベ;」って間違いが実は3箇所…
気づいた人はこっそり心の中でツッコんどいてくださいm(__)m;



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