オリキャラ(♀)が出てきます。ご注意。



「本当は好きなくせに、曖昧な態度でいるからいけないのよ」

そんな女性の声が響いたその場所は、シンタローの自室である。
けれどそれはシンタローとの会話ではなく、部屋の隅に設置されたテレビから流れてきたものだ。
テレビの前のソファに座り、ブラウン管を眺めているシンタローの視線は、何故か真剣だ。
ちなみに映っているのは、日本で放映されているドラマである。衛星放送で、この国でも見る事が出来る。
日本では昼間の時間帯に放映されている、ドロドロの恋愛劇であるそれ。本来なら、シンタローには全く興味ない内容のものなのだが。
彼がこうして、苦虫を噛み潰したような表情で見ている理由は、出ている女優にある。
今、ブラウン管に映っているのは、二人の女優。
片方は清楚で大人しそうな雰囲気の女性で、もう片方はキツめで派手な顔立ちの美人。
その二人が言い争っている。というより、おとなしめな方は打ちひしがれた様子で、喧嘩腰なのはキツめの方だけだ。
「太郎さんはもう私のものよ」
「そんな……」
毎回ちゃんと見ているドラマではないから、細かい内容は勿論シンタローには判らない。ただ、この二人の女性が男一人を挟んだ三角関係になっている設定らしい、ということは大体判った。
諍いというよりは、男を寝取る事に成功した女の勝利宣言の場面のようだ。
まあ、大人しめの女性キャラの方がヒロインで、キツめの方は悪役のようなので、大抵男はまたヒロインの元に戻るものだが、シンタローはそんなことは知らない…というか、知ったこっちゃない。
このキツめの美人女優自身が、問題なのだ。
視界を少しずらし、部屋の反対側の隅に投げ捨てた雑誌を見遣る。
その時、その女優が高笑いしながら放った台詞が、シンタローの耳に届いた。

「好かれている事に甘えて、あなた何か努力した? 尽くされるのが当たり前だと思ってたんじゃないの? そんなだから、あの人は疲れて私を選んだのよ!」

ぐさり、と。不意打ちなその言葉に心を抉られて、思わずテレビを消してしまう。
静かになった部屋でしばらくぼーっと今の台詞を頭の中で反芻していたシンタローだが、やがてはぁっと息を吐き出し、力なく立ち上がる。
投げ捨てられていた雑誌を拾い上げ、ページを捲ると、そこには見慣れた男の写真がでかでかと載っている。
その横には寄り添うように、今のドラマに出ていた、キツめの方の美人女優の姿があった。
写真の横に記された見出しは、日本語で、『有名女優と元ガンマ団総帥、国も立場も年齢差も越えた熱愛発覚!!』などと書かれていて。
更にページを捲れば、高級そうなレストランで二人で食事をしている姿や、世界的に有名な高級ホテルのロビーに二人でいる姿とか、諸々の写真がわんさか載っているではないか。

「…ったく……日本で何やってんだあいつはァ……」

そのページを破る衝動には何とか耐えたものの、握り潰す勢いで丸められた雑誌は、シンタローの手の中でしわしわになっていた。
そりゃあ、あの父親にも、過去様々な恋愛遍歴があったことだろう。自分が生まれてからも、何かしらあったかもしれない。
しかし自分が知る限り、パパラッチに撮られ写真誌で暴露された事などなかった筈だ。
お付の秘書達は何してるんだ。こんなのが撮られる前に阻止するべきではないか。
憤懣やるせない気持ちで、シンタローは一週間後帰国予定のマジックに対してどういう態度を取るかを考え始めた。
これは何だと問い詰めるか、無視するか。
……んー、無視する方があいつには効くんだよな、必死で俺の機嫌とろうとして…。
そこまで考えて、ふとさっきのドラマの台詞を思い出した。

「曖昧な態度でいるからいけないのよ」
「そんなだから、あの人は疲れて私を選んだの」

長い黒髪の綺麗な女優が、高笑いしながら言い放つ言葉は、自分へのものでは決してないのだが。
でも。しかし。
……………………………………。
暫くの沈黙の後、何かを決意したように視線を上げ、シンタローは部屋を出ていった。


「日本へ行く!」

緊急の仕事だけさっさと片付け、スケジュールを調整し、急遽僅かな休暇をもぎ取った現総帥の来日宣言が響いたのは、それから間も無くの事だった。




「シンちゃんどうしたの? この時期、日本での仕事あった?」
日本へ向かうという情報は、あっという間にマジックに伝わったようで、彼は愛しい息子を空港まで出迎えに来ていた。
だがさすがに、来日した理由までは判らなかったようで、ホテルに向かう車の中で、運転しながら尋ねてくる。それには「別に」とか、明確な答えは返さないでいたら。
「ああ判った! パパに会いたくなったんだね!!」
全開の笑顔で、でもどこか冗談を飛ばすような軽い口調でそんな事を言い出す。いつもなら全力で否定するところだが、シンタローは無言で何も反論しない。
常と違う様子を感じ取り、首を傾げるマジックから視線を逸らし、窓の外を見ていた。しかしふと、ある事に気づき、シンタローはマジックに問いかけた。
「ティラミス達は?」
本来なら、運転などは彼ら秘書がしている筈だ。なのに何故ここにいないのか。
「今回は仕事じゃなくて、プライベートで来たからね。連れてこなかったよ」
「………」
マジックの日本好きは、シンタローも知っている。時間が空くと、たまに旅行に行ってる事も。
だがしかし、今回のプライベートとは。
……もしかして、あの女優に会う為とかだったら。
ぐるぐるそんな事を考え込み、益々シンタローは貝のごとく黙り込んでしまったのだった。



やがて、車は都内のあるホテルへ到着し、扉を開けながらベルボーイが恭しく一礼する。
マジックもシンタローも日本へ来ると、よく滞在する高級ホテルだ。しかし、雑誌に載った写真では、別のホテルのロビーにいた。てっきり、そこにいると思っていたから、迎えが来なければそちらに向かおうかと思っていたのだが。
「今回泊まってるの、ここじゃねえと思ってた」
「え、何で? 仕事だと大抵ここに泊まるでしょ。うちの一族御用達だよ」
「あんた、プライベートって言ってたじゃん」
「ああ、仕事じゃなければ京都の旅館なんかにもよく行くけどね。今回用があったのは東京だから」
最上階へと向かうエレベーターでの会話である。乗っているのは二人だけで、会話には気兼ねがない。
「今回は、東京で会う約束した人がいてね」
その言葉に、シンタローは訝しさを感じてしまう。

会う約束をした人間?
……それってやっぱり?

チンと音が鳴り、エレベーターが止まる。最上階についたようだ。静かに扉が開き、マジックが先に出てゆく。
しかし。
「シンちゃん? どしたの」
なかなか降りようとしない息子を振り返り、マジックはエレベーターの「開」ボタンを押しながら、不思議そうに声をかける。
「あ………」
「あ?」
「会うのはいいけど、もっとうまくやれよッツ!」
「え?」
何かしら言いよどんでいた彼が、やっと口に出したのは、怒ったような口調のこんな言葉だった。意味が判らず、マジックは首を傾げ問い返す。
シンタローにとっては、彼のそんな態度が益々気に食わない。
「写真撮られただろうが!」
怒鳴りながらも、心の中では頭を抱えている。こんな筈じゃ、と。
能天気な父親の態度につい、こんな形で切り出してしまった。もう少し、慎重且つ冷静に探りを入れる予定だったのに。
何を言われたのかやっと判ったらしいマジックは、ああ、と頷いた。
「あー、あれね…。シンちゃん見たの? 日本でしか売ってないのに」
「団の匿名目安箱に雑誌入ってた」
「…パパ、つくづく団員の反感買ってるねえ…」
しみじみとマジックは呟く。
現総帥であるシンタローは団員に絶大な人気がある。そのシンタローにべったりのマジックに反感を持つ者が多いのは、D●本でも知られる通りである。
「え、ていうか、シンちゃんそれで日本まで来たの?」
少し驚いたように問いかけられた言葉に、シンタローは、うっと狼狽えてしまう。
「いや、違、そうじゃねェんだけどッ、……ええと、もう総帥じゃないとはいえ団の恥晒すのも何だしっ、調査しなきゃだし、父親がヘンなことしてんじゃないかって息子としては……」
反論するつもりで口を開いたのに、出てきた言葉は何だか支離滅裂だ。
「まあ、とにかく降りて。エレベーター止めてたら迷惑だし…部屋で話そう」
慌てているシンタローを制し、部屋へと促す。
まだまだいろいろ反論したいことはあるが、確かにこんな所で立ち話も何だし、内容も何だ。
シンタローは、マジックのその申し出にとりあえずおとなしく従った。




最上階スイートルームの装飾は、これでもかという程に華美なものだった。
ベッドなど、天蓋付きでやたらでかい。どちらかというとシンプル好みなシンタローにとっては落ち着かない空間だが、派手好きなマジックがここを好むのは判る。
白く大きなソファに座っていると、マジックが自ら紅茶を淹れて持ってきた。
「長旅お疲れさま」
にこやかにねぎらわれるが、シンタローにとってはそれどころじゃない。
しかし急かすのも余裕が無いように思われそうで嫌だなと、とりあえず茶に口をつける。薫り高く深みのあるその味は、家でもよく出されるものだ。マジック好みの茶葉も用意されているあたり、このホテルは本当に馴染みなんだなとシンタローは実感する。
「で、さっきの話だけど」
紅茶を味わいつつ、先程の会話についてどう切り出すかと迷っていたら、マジックの方から言い出した。
「あの雑誌は勿論嘘だし、パパが今回会う約束していた人は、あの女性じゃないよ」
「…じゃあ誰だよ」
まず最初に答えを全て口にする彼の口調は、言い訳している風でもない。
「あの女性の父親の方だよ。実は元総理大臣で、パパとは昔から交流あるんだ」
聞けば、その元総理大臣とやらも相当なダンディで、昨年度のワールドナイスミドル大会にも出場し、見事3位入賞したとか何とか。
マジックとはダンディ仲間として気も合い、日本に来るとちょくちょく酒を酌み交わす仲だったという。
その相手に急用が入り、会う約束がおじゃんになった。それを娘であるあの女優が、わざわざ謝りにきてくれたのだと言う。
ついでに、その元総理と行く筈で予約していたレストランに、キャンセルするのも何だしと食事に行き、その後女性が宿泊していた高級ホテルのロビーまで送っていったとの事だった。
「まあ、そこで迫られはしたけどね」
「何ィ!?」
「向こうはずっと付き合っていた俳優と別れたばかりらしくて、何か自棄になってたみたいで」
それだけじゃないだろう、とシンタローとしては思う。
この男は見た目的には決して悪くないし、気兼ねする妻がいるわけでもないし、世界的にも有名なガンマ団の元総帥とステイタスもばっちりだ。
遊びだろうと本気だろうと、一般的に見れば相手として不足は無いのだろうと思う。
…近くで本性を見ている自分としては、ツッコミどころは多数、ありすぎる程あるのだが。
───ああもう。なんだかな!
もやもやした思いを感じつつも、それをどう言葉にしていいのか判らず、眉根を寄せて頭を掻く。
そんな息子の様子を見ていたマジックは、嬉々として

「シンちゃん妬いてくれたの? 嬉しいなあ」

こんな台詞を言い出す。反射的にシンタローは「そんなんじゃねー!」と否定していたが、全く意に介した様子もなく、マジックは続ける。
「心配しなくても大丈夫だって、愛してる人いるからって、ちゃんと断ったから。勿論シンちゃんのことだよv あ、何ならパパの身体点検してみる?」
「っ……」
ふざけた軽い口調が気に入らない。
マジックはこういう言い方をして、自分が拗ねたり照れたり慌てたりするのを、どこか楽しんでいる節がある、と思う。
心にある、ムカムカとかモヤモヤしたものが、あの雑誌を見てから積もり積もって、たった今シンタローの中で臨界点を突破した。

「……………点検、したろーじゃないか」
「え?」
「て・ん・け・ん。何かヤバイ証拠あったら殺す」



言い放った彼の目は、完全に据わっていた。

(続く)

途中ぶったぎりですみません。
次回、誘い受てゆか襲い受。
パパ誕生日までに完成させたい…。

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