ガンマ団内の会議室にて。
中央に大きな長方形の机が設置され、それを囲むように団の幹部達が座している。
入口から一番遠い上座に当たる席には、その場にいる人間達よりも随分と年若い少年が座っていた。
「総帥、ご確認をお願いします」
「ああ」
その少年に書類を手渡しつつ声をかけたのは、脇に立つ補佐官の男。
渡された書類に書かれた議題は、制圧して未だ間もないU国の友好国について。
U国の軍や政府から要人が数名亡命しており、不穏な動きを見せつつある。
場合によっては制圧に出向かなくてはならないかもしれない。様子を伺う為、団からも幾人か密偵を潜り込ませ、情報を収集させている。手渡された書類は、それにより得た相手国の内情の一部だ。
まだ齢14の少年。彼がこの団においては、全ての決定権を握る。

当初の予定より延び、約三時間程続いた会議は、ある程度の意見の纏まりを見せ、暫し様子見に徹するという決定で終了した。




「お疲れさま、マジック」
団最上階に位置する、総帥執務室。
備え付けられているハイバックタイプの椅子も机も、成長途中の少年の身体には未だ大きい。背凭れに沈み込むように座り息をつく彼に、補佐官であるミツヤは紅茶を差し出した。
睡眠が足りていないままの会議や外交が続き、若干疲労が蓄積しているのを自覚する。
明日は家に帰る日だ、久々にゆっくり休める───そんな事を考えつつ、紅茶のカップを手に取った。
以前は、家に全く帰りもせずに仕事に徹していた。
そんなマジックを諌めたのは、今デスクの脇に立つミツヤという青年だった。
「明日はゆっくり出来るからね。君の弟達も喜ぶよ」
先程の会議中とは口調が全く違う。いや、会議の時に話していた敬語こそが、彼の場合は普段と異なるのだ。
すごい猫の被り方だな、とマジックがそれを指摘すると。
「公私混同するなってうるさい輩もいるからね。特に幹部連中は、頭固いの多いから。総帥を敬称もつけず名前で呼ぶなんて、とんでもないって」
「敬称どころか敬語もないがな…」
年下とはいえ団の頂点に立つ総帥に対し、普通ならありえない態度だ。
昔からの既知の関係だったというならともかく、この男を知ったのはマジックが総帥の座についてからだった。
「ああいう態度の方が好き?」
「好きとか嫌いじゃなくて、普通当たり前だろう」
「まあ、そうだけど。最初に君は何も言わなかったのに」
「言葉遣いも何も、別の事でおまえはインパクトありすぎたからな……」
背もたれに沈んだまま、軽く眉を顰め、小さく溜息を吐きつつ呟く。
出会いの日を思い出す。そう以前の事ではない、その情景は鮮明にマジックの脳裏に浮かぶ。

まさか任命した補佐官が、勝手に家に上がり込んで、弟とパーティの準備してるなどと思う筈がない。
常識外れで強引なのに、柔らかく人懐こい笑顔で、家族にすぐに溶け込んだ男。

「ふーん…」
マジックの言葉に首を傾げ、じゃあ、と小さく頷いた後、ミツヤは呼びかけてきた。
「マジック総帥」
「……………」
そう呼ばれる事に違和感を抱いてしまうほど、この男の普段の言動に慣らされているらしい…。
その事実に軽いショックを受けつつ考え込むマジックは、ミツヤが距離を縮めた事に気づくのが遅れた。
「…ッ」
肩に触れられ、思わずびくりと身体が反応する。
しまった、と思うが遅い。
ミツヤがその唇に笑みを浮かべつつ、問いかける。
「……何をそんなに、意識しているのですか?」

つい先日。今隣にいる男の誕生日に。
この部屋で、そして丁度この位置で。
抱き締められ、耳に囁かれた言葉が蘇る。

「意識などしてない」
あの時は不意打ちで動揺したが、総帥の座についてから、随分と感情を隠す事が得手となった自分だ。
外交ではどんな相手に何を言われようとも、表情も、顔色も変えずに対応する。今だってそのように出来る筈。
───そう思うのに、肩に置かれた手にどうしても意識が揺れる。
強くなる鼓動を隠しきれるだろうか、と不安になってしまう。

マジックは、敢えてあれからは団の外に出る仕事を積極的に入れて、二人きりになるのを可能な限り避けていた。
もう一度あのような接触を仕掛けられたら、どう対応して良いか判らなかったからだった。
しかしあの後、ミツヤの態度に特に変化はなかった。
むしろ、拍子抜けしてしまう程に。
にこにこと、常通りの邪気の無い笑みを浮かべて自分の傍についていた。
そんな様を見ていて、からかわれたのかとすら思うようになっていた程だった。

なのに今は、あの時と同じ距離で、思い起こさせる会話を仕掛けてくる。

「そうですか? あの日から随分と警戒されてましたね。今だって……」
「…もういい、普通に話せ。あといい加減手を離せ」
触れる体温と冷静に問い詰めるような敬語に、より追い詰められる気がして、マジックは思わずそう言っていた。
「ああ、助かるなあ。調子狂うっていうか、やりづらくて…」
口調はすぐに戻るが、肩に置かれた手はそのままだ。なので、自分から払い除ける。
「意識しすぎ」
そう言って、男は喉の奥で笑う。
虚勢は見抜かれる、この相手には。それを悟り、マジックは歯噛みするような気分で呟いた。
「───お前は、本当に判らない…何をしたいのか…」
「じゃあ君は?」 
「うわッ」
問いかけられると同時に腕を引かれ、マジックは椅子から落ちそうになり、慌てて立ち上がった。そのまま、男の胸元に引き寄せられる。
「何を……!」
相手は己よりかなり背が高い為、至近距離から睨みつけようとすると、ほぼ直角に首を上向ける状態になる。そんなマジックの目に映るミツヤの表情は、天井の照明が逆光になり、笑顔に深い影を落とし、いつもとは違う印象を受ける。
触覚。視覚。その両方から感情を乱され、戸惑う心に言葉が更に絡み付く。

「君が好きなだけだよ、僕は」

欲求の全ては、相手を好きと認識し、その存在を愛おしいと思う感情から発生する。
好きだから欲しいと思う。傍にいたいと願う。
ただそれだけの事だ。

「君が判ってないのは、僕の事じゃなくて、君自身だよね」
違うかいと問うと、マジックは黙り、見上げていた視線を逸らした。
「マジック」
屈み込むようにして、耳元で名を呼ぶ。すると、視線は逸らされたままだが、動揺を現すかのようにその目の瞬きが早くなるのが判る。
返事は無いまま、構わずミツヤは言葉を続けた。
「考える時間はあげたつもりだけど」
……忙しかったから無理だったかな。でも、君はわざと忙しさに没頭しようとしてたよね。
そんな図星を指す言葉に、益々何も言えなくなるのに。畳み掛けるように相手の問いかけは続く。
「少しは考えれた? 仕事に逃げても結局僕を拒絶しなかった意味」
「…………」
誘導尋問みたいだ、とマジックは思うが、やはり黙り込んだまま答えを返せない。
こういう質問を投げ掛けられて反論せずにいるのは、相手に有利な駆け引きになると判ってはいるのだけれど。でも、どのような答えを返せば良いのかが判らない。
試すような言葉に、行動に、心を侵食されてゆく。
いっそ、こっちの意思を無視してこの男が思う通りに動いてくれればいいのに、とすら思う。
そうすればこんなに乱れる感情も、相手の責任に出来るかもしれないのに。
「君次第なんだよ、全部」
相手がそれを許さない。言い訳する隙間すら与えないつもりらしい。

「おまえは、本当に────…」

その後に何と続けたかったのか、自分でもよく判らない。
厚顔だとか、卑怯だとか、責める言葉を続けたかったと思うのだが、的外れな気もする。
最終的に拒絶しなかったのは自分。
それを自覚した為、非難の言葉を続ける事が出来ない。

小さく息をつき、マジックは強張っていた身体の力を抜いた。
ミツヤの胸元に寄りかかるように、身を預ける。
───それは、今までの問いに対する無言の答えだった。
すぐに深く抱き込まれる。しかしもう払い除けるような行動はなく、おとなしくその腕に収まっていた。
「マジック」
呼ばれて、顔を上げる。すぐ近くに相手の顔があり、かけられた眼鏡の硝子越しに、自分のものより若干薄い色合いの青い瞳が見える。その二つの眼球に映る己の姿を、どこかぼんやりと眺めていた。
「僕が何をしたいと思っているか判る?」
「…………」
近すぎる距離。予測出来た事はひとつだけだった。
合わせていた視線を遮り、その瞳を閉じる。



手に入れた、と感じた瞬間だった。
あの青い目がとても好きなのに、少し残念かな───などとミツヤは思うが、伏せた瞼を縁取る長い金の睫毛が震えているのも愛しく感じる。
瞼と同様に固く閉じられた唇に軽く触れ、一旦離し、角度を変えてまた合わせる。
軽く啄ばむように何度か繰り返すと、緊張が解けたのか、僅かに唇が開かれた。
舌を差し入れ、口蓋を辿り、初めての行為に強張る相手の舌を絡め取る。
深くなる接触を、腕の中の少年はどこまでも受け入れてゆく。それが嬉しくて仕方ない。


口接けは、想いを叶えた実感を強く心に刻みながら、長い時間続いていた。

前回に続き、呟き日記に書いてた甘々ミツマジ。
陥落ーてゆか自ら飛び込んでますね総帥…
数日後には食われてそーですね総帥…
しかしやっぱり私デレデレ受間違えてる気が…(◎△◎;)


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