「今日、誕生日だろう。欲しい物はあるか?」
「え?」

執務中、突如マジックにそう聞かれたミツヤは、書類へと落としていた視線を上げた。
誕生日。そういえば確かにそうだ。でも自分では忘れていた。
思い返すと過去に一度、マジックとの何気ない会話で誕生日を教えたことがあった。あの時の些細な会話を覚えていてくれたのか、とミツヤは嬉しくなる。
自分用に設置された机から立ち上がり、マジックの元へと近づく。
傍らに立つミツヤの顔へと、椅子に座ったマジックの視線が向けられる。
じっと見上げてくる青い目が綺麗だと思った。
「欲しいもの、ね……あるけど、くれるの?」
「僕が用意出来る物ならな」
「まあ、用意は出来ると思うよ」
そこで一旦言葉を切り、真上からマジックと視線を合わせ。
胸に秘めていた欲求を口にする。

「抱いてもいい?」

以前なら、こんな要望は言えなかっただろう。
しかし補佐官になってそれなりの日々が経過し、今はもうマジックの篤い信頼と好意を得ている自信はあった。
もし行為自体は拒絶されても、彼は自分を手放さないだろう。
マジックは情に脆い部分がある。そんな彼に家族同様の扱いを受けているミツヤだからこその自信と計算だった。
しかし。

「……そんな事でいいのか?」
「え……そんな事って……」
予想外のマジックの返事に、ミツヤは言葉を詰まらせた。自分で要求しといて何だが、こんなあっさり許可を出す内容とは思えないのだが。
「何を驚いてるんだ」
ミツヤの動揺を見抜いたらしいマジックが、不審気に問う。
「だって…経験あるの?」
「家族でならやるだろう? 僕も弟達にはよくしてやるし、父が生きてた頃はしてもらってたし……」
「ッ、ええ!?」
マジックの言動に、衝撃のあまり正直卒倒しそうになったが、そこでミツヤは漸く気がついた。
どうやら、会話が噛みあっていないようだと。
「ああ…そういう事か……」
「何を一人で驚いたり納得したりしているんだ?」
「いや、ごめん。……まあ、じゃあ許可が出たから遠慮なく」

椅子に座るマジックに立ち上がるよう促し、その背に手を回し、ぎゅっと抱き締める。

「抱きたい」という言葉の目的を察しておらず、文字通りのそのままの意味に受け取ったらしい。
大人より厳しい立場にいるこの少年は、実際は大人より聡明で、頂点に立つ者としての才覚も優れているのだが、時折とても子供っぽい部分も見せる。
まだ身体も成長途中で、こうして抱き締めるとその未発達さがよく判る。
マスメディア等からしか情報を得られなかった、出会うより前の時期は、こんなに細く腕の中にすっぽりと入ってしまう身体だとは思わなかった。
自分の名を呼ぶ声のトーンも、その身体の体温も、何ひとつ知らなかった。
今はこうして、近くでそれらを知る事が出来る。以前から比べると、とても幸せな環境にいると思う。
しかし、ひとつの欲が満たされると、次の欲が心に発生する。
傍にいて、その事を痛い程に実感してしまった。



一方、マジックの方は予想外の自分の感情に翻弄されている最中だった。
家族とはよくしている行為だ。だから簡単に了承した。
なのに、何故今逃げ出したいような、嬉しいような、己でも把握しきれない複雑な感情が胸に渦巻いているのか。それが自分で判らない。
誕生日という記念日であり、欲しい物は用意すると言ったのに、こんな触れ合いを求めてきた男。
ミツヤを補佐官に任命する時、家族構成も調べたのだが、彼は家族を全て亡くしていた。
余程孤独だったのだろう。だからこそこうした、家庭的な接触に飢えていたに違いない───マジックの方は、そう思ったのだ。
間もなく、それがとんでもない誤解と判明するとも知らずに。



密着した身体に、相手の体温が伝わる。
腕の中にいるマジックの様子を伺うと、息さえ詰めて硬直している。
簡単に許可を出した割には緊張しているらしい。
上から覗き込むが、自分の胸の辺りで俯いている彼の表情は判らない。しかし耳が僅かに赤くなっているのが見え、それが何だか可愛くて愛しいと思う。
完全に意識されていないわけではないらしい。その事にミツヤは安堵する。



「さっきの話だけどね、違うんだよなあ」
「違う?」
「僕の言った意味」
ミツヤの声に、俯いた顔を上げ問いかけるマジック。
その耳に軽く触れる程に唇を寄せ、意識的に吐息を流し込むように低く囁く。

「あのね、抱きたいってのは。君を────……」

言葉で教え込む、具体的で卑猥な行為の内容。
赤みを帯びていた耳が、更に色を濃くし、鮮やかな紅に染まる。
「な……!」
渾身の力で押し退けられた。その力に抵抗する事なく手を離し、ミツヤはマジックに笑いかける。
「そんな警戒しなくても、今日は満足したからもう何もしないよ」
「今日は、って……」
自分がそんな欲求の対象になるなど、考えた事もなかったのだろう。マジックは真っ赤になりつつ瞠目している。
しかし自分に向けられるその視線から、怒気や嫌悪は感じられなかった。
混乱と、困惑と、羞恥。
それは決して拒絶ではない。
ミツヤはそれを感じ取り、希望は近い内に叶うだろうと確信した。



「…少し、休む……」
熱い頬を冷ますように数度首を振り、そう呟いたマジックはスリープカプセルへと向かう。
その背を見送りつつ、ミツヤは唇に微笑を浮かべた。


あの様子だと、夢に僕が出てくるかもしれないな───と。

最初からそんな大胆な希望述べんで
「恋人になってv」とか言うべきです、ハイ。

呟き日記に書いてたSSS。
原作がダークすぎて逆に甘々書きたくなり…(笑)


BACK